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女性心理、花束の心理学
2009/12/16改訂
1998/03/30初稿
心をこめて、プレゼントを贈りましょう
卒業式のシ−ズンに
以前にちょっと面白い経験をしました。知り合いの女性が学校を卒業して社会人なる時です。
私はそれを祝って、卒業式に花束を持って出かけることになりました。
ちょっと迷ったのですが、相手の方は女性ですしお祝いですからやはり花束などが喜ばれる、と勝手に思いました。
仕事の合間で時間もなかったので、当時自分が住んでいたマンションの同じ町内にある花屋さんに大慌てで行きました。
あんまり、そういった柄じゃないんですけどね。
「どれくらいの花束にします?」とお店の方に言われたのですが、あまり考える暇がなかったために、「1万5千円から2万円くらい」と答えました。一応、節目というか卒業のお祝いですから、ここは少々奮発して大きめの花束を贈ろう!と決めました。
「5千円違うとサイズがかなり違います。どっちにします?」と聞かれ、私は「じゃあ2万円で」と安易に答えたのでした。
私の住んでいた地域(開業当時1996年頃。事務所は大阪心斎橋で、住居は大阪住吉区でした)は大阪でも比較的下町です。ですから同じ花束を買うのでも街中のデパートとか飲み屋街(北新地やミナミ)で買うよりも格段に安いんですよ(笑)。
元々、大阪市内や東京の高級クラブなどで仕事をしたり、過去に仕事でママさん連中と付き合いのあった私は、胡蝶蘭(こちょうらん)一鉢の価格を知ってます。まして私が付き合いがあったのはバブルの頃も含みますからね。当然、花束といえば最低でも2,3万はするものだと思っていました。
ですから、その頃の感覚で花束を作ってもらいました。
大きさを間違えた・・・
出来上がった花束をみて私は驚きました。
でかい! あまりにでかい・・・。同じ花屋でも市場などの中の花屋さんと、飲み屋が集中する場所にある花屋とはこれほど価格や大きさが違うのか?と正直思いました。下町の花屋さんは安い上に親切です。綺麗なラッピングをしてくれて大きさは更に膨らみます。
花束を作ってもらっている最中から、周囲に近所のおばちゃんが群がって離れません。
「まあ、いいわね。私もこんな花束くれんかしら?」
「今からでもいいから、これおばちゃんに頂戴」
とか(笑)。大阪の下町ですからね。そのパワーは強烈です。
ムズムズする居心地の悪さを我慢し、苦笑いしながら花束ができるのを待ちました。
でき上がった花束は一抱えほどもあります。内心私も「しまった!」とは思いましたが、おばちゃんの衆人環視の中、いまさら花束を小さくしてくれとも言えません。そんなこと言ったらこの人達が何を言い出すかわからない。
カサブランカ(花の種類)や蘭なども入っており、かなり目立ちます。
とりあえず領収書だけは貰っておくことにしました(笑)。必要経費で落ちんかな?などとと、ちょっとセコいことを考えて・・・。
あいにくと卒業式の会場は遠いんですよ。姫路といえばわかりますか? 大阪の郊外からそちらまで、2時間程度でしょうか? それも電車でです。大急ぎで向かわねば間に合いそうにない。
ギリギリまで仕事をしてた私はスーツ姿で花束を抱えたまま電車に乗る羽目に陥ったのです。
(馬鹿なことをしてしまった。もうちょっと小さいのにしておけば・・・)
後の祭りですね。歩きにくいったらありゃしない。ここまで大きいとは思わなかったので持って歩くのも大変です。
面倒な事になったなと思いながら、急いで地下鉄の駅へと向かいました。
おや、何か視線が?
地下鉄に乗った途端、私は周囲の視線を感じました。普段から他人の視線や態度、表情を読む悪い習慣のある私は、いつもと違う雰囲気や空気に気がついたのです。
主に若い女性の視線です。
私の持っている花束を眺め、その後で私を見比べ、私と視線が合いそうになると慌てて自分の視線を下に逸らすのです。それも一人だけでなく周囲にいる若い女性全員が同じような反応を示します。
面白い反応だな、と感じました。
私はいつもと同じ格好です。確かに背は高い(182cm)ですが、服装や格好が奇抜ではないでしょう。普通のスーツ姿。普段歩いていてそこまで注目は集めません。となれば今回は、間違いなく私の抱えている花束に周囲の奇妙な反応の理由はあるのです。
視線についてはこのホームページで何度か触れていますが、通常、話した事もない赤の他人とバッチリ視線を合わせることはありません。服装や持ち物も含めてジロジロとぶしつけにみることも少ないでしょう。特に日本人はそのような習慣を持っていませんよ。
どちらかといえばそういった行為は遠慮がちです。
視線をばっちり合わせることで自分の意思や表情が明確に伝わってしまうという感覚があるからでしょう。ですから道で会った他人とは、普通は視線は合わせることなく、どちらかが自然に逸らせます。
ですが今回、興味深いのはその視線の逸らせ方です。
「視線が下を向く」(特に左下方向)のは一般的には「自分にやましいところがある」とか「心理的に何かを悟られまいとする」心理が働きます。つまり、精神的に対象者(みられている人、この場合は私)が優位に立っている場合に限られるのです。
試してみるとわかりますが電車の中で見ず知らずの人にじっと視線を合わせていると、相手は不思議そうに見つめ返してくるか、不機嫌そうにもしくは不可解な感じで視線を左右に逸らします。
まああなたが凄くカッコイイ人であったり、綺麗な女性であった場合には嬉しそうに見つめ返してくれるなどの反応もあると思いますが(笑)。それはレアケースでしょう。
殆どは不快な反応を示します。見ず知らずの相手にいきなり近寄られたり馴れ馴れしくされる、観察されるという行為は自分の「縄張り」(※パーソナルスペースまたは口説きやすい人の見分け方を参照)にいきなり侵入される行為になるので気分が良くないのです。
当然、反発もありますしトラブルにならないように身構えたり心の準備を整えます。
相手がパンチパーマでサングラスなどの「いかにも」危なそうな人でない限り、いきなり、精神的に劣勢に陥る(おちいる)ことはありません。
下を向く反応は何か精神的にやましい(と、いうと語弊がありますが)部分や、相手の行動や容姿、持ち物などが自分の精神的に弱い部分やコンプレックスを刺激しており、それを隠そうとする反応になります。
自分自身との対比、比較
私の推測はこうです。
私の持っている花束が場違いな上に巨大であったため目立ったのです。
それを女性側が「自分自身の」立場や環境に当てはめてしまったために、起った心理反応なのではないか?と推測しました。
普通のサイズの花束であれば、だれも驚きませんし注目しませんよ。小さなサイズの花束ならどんな女性も何かのきっかけで貰える可能性もありますし、自分で購入する機会もあり得ます。
ただし今回の花束は巨大です。見た瞬間に高いものだとの印象を与えます。自分では「貰いにくい」との感情もある。それが自然に女性側の「視線を下げる」という心理効果を生んだのではないでしょうか?
こういった反応は小さな花束を持って乗った時には得られません。日本において男性が贈り物として花束を贈る習慣が定着しているとは思いませんが、ゼロではないでしょう。
問題はサイズだと思います。
事実、私が少し小さめの花束などを持って電車に乗った時には同じような反応はみられませんでした。今回のような「巨大な花束」を持った時だけが特別だったのです(笑)。
普通サイズである場合はどちらかというと好意的に捉えられる場合が多いのです。周囲の注目を集めたり、女性の視線を逸らしたりはしませんよ。お祝い事とか結婚式でもそういったことはあるでしょうから・・・。
プレゼントの難しいところは自分では行えないことです。
相手からの「ギフト」つまり贈り物ですから。
これは「誰かから貰う」必要があります。大きな花束が欲しければ自分で買うことができます。できますが、それでは意味がない。自分で買った時点でプレゼントとか贈り物ではなくなりますから。
プレゼントは他者の思惑や環境、他人の気持ちや経済状況に左右されるのです。自分以外の「誰か?」の思惑や感情が必要になる分だけ「望むものを贈られる」のが難しい。その不確定要素が加わってしまいます。
すると不思議なものでね。
「自分が悪い訳でもないのに」あんな大きな花束は「きっと私は貰えない」といった後ろ向きの感情にすり変わり易いのです(笑)。
「大きな花束を私にプレゼントして頂戴」とお願いして贈ってもらうこともできるでしょう。ですが、女性であれば自然に誰かに贈ってもらいたいと願う物ではないでしょうか? それが言い出せない分だけ、寂しさや羨ましさにも感情は変化しがちです。
まあ、そういった反応はご本人の責任ではありませんし、わざとではありません。ごく自然なことです。
私も無意識にそのような反応を示している場合もあるのでしょう。私よりかっこいいとか、年収がある男性が持っている持ち物や態度、雰囲気に気後れしたり飲まれてしまう可能性はあります。
極端に大きい花束だと日常生活ではあまりお目にかかりません。それをスーツ姿の男性が抱えて歩くとなると、恋人の誕生日に贈るかプロポーズに行くかくらいしかないでしょうね(笑)。
これも推測に過ぎませんが、私がこれからプロポーズに行くように映ったのかもしれないですね。
日本の男性はシャイですからそのような行動は珍しいのです。
女性からすれば、自分がそれくらいの大きさの花束を貰ったことがないことに「無意識に」引け目を感じて心理反応が起きたのではないでしょうか?
無意識に起こる心理反応
同じような心理反応の例を男性側から捉えると、とても高そうな高級外車(1千万円以上)やスポーツカーに乗った人に対してあまり好意的に捉えない場合があります。
「あんなスポーツカーに乗りやがって!」とか「あんな高級車に乗ってる奴はきっと悪いことをやってる奴に違いない!」とか、散々悪口を言う例がありますよ(笑)。不思議なのは、なぜか男性には車に関してはそういった意識が強いようですね。
高級車、特にスポーツカーにおいては住宅とかマンションに比べて嗜好品や贅沢品といったイメージが強いせいか、必要以上にというか異様に感情を高ぶらせる人もいます。
これもたぶん、心理的な圧迫感があるからでしょうね。昔から「高嶺の花」という諺もありますが、手の届かない場所にある花とか高額な商品、自分に贈られない思いには腹が立つのでしょう。
自分の努力で「手に入るかどうか?」で、相手の反応は変わってくるのです。自分が無理をすれば購入できそうなくらいの価格、例えば2、300万くらいまでの車でそこまで感情を高ぶらせるケースはありません。
手の届きそうな車に颯爽と乗っている人を見ると「カッコイイな〜!」と言ったストレートな感情表現を用いる男性は多くなります。
ある種の憧れ、羨望はありますが現実不可能な夢ではありませんから。
圧迫感は「手を延ばしてもとれない」位置にある物や見えていながら届かない「立場」とか、環境や人(容姿やスタイルも含む)に対して働きます。
一般的に「手が届く」物に関しては共感を覚えるか、自分にとって「必要か必要でないか?」の二者択一しかありません。
「欲しい」と感じる物が、自分に「手に入らない」ことを認めるのは結構、苦しいんですよ(笑)。現実とストレートに向き合うのは辛いでしょう。
それを認めてしまうことは、自分自身にとって精神的な苦痛や敗北感、圧迫感を生み出す原因となります。
ですから現実の自分の生活において「手にはいらない」とか「極端に入りにくい」ものは徹底した否定や排除に廻ります。それも「意識して」ではなく無意識の領域が否定に動くのです。
そうすることで自分の気持ちや立場、心の一部が守られるからでしょうね。
キツネは何が言いたかった?
ある日キツネが歩いていると、たわわに実った葡萄が目に入ります。あまりに見事な葡萄が沢山なっているのを見たキツネは、その葡萄を一口でも食べたいとその葡萄の生えている木の下でピョンピョンと跳ねて懸命に噛みつこうとします。
ところがどうしても届きません。あともう少し、もうちょっとといった所で葡萄の房にはどうしても届くことができないのです。
何度も何度も飛びついてどうしても手に入れることができなくて、キツネはクタクタになってしまいました。
散々、飛びついて口にすることのできなかったキツネはやがて諦めてこう毒づきます。
「フン、あんな葡萄なんか、きっと酸っぱくて食べれないに違いないさ」
そういまいましそうにつぶやくと、去っていってしまいました。
男性はその物語に登場するキツネのように直接的な表現をしますが、女性の場合は少々複雑です。
視線では「無意識」に花束を追ってしまいますが、その持ち主と目が合いそうになると目を逸らします。
大きな花束を持って電車に乗っている人に、朗らかに笑いかける女性も少ないでしょうが、嫌そうに顔をしかめる人も少ない。何となく後ろめたい感じで「目を伏せる」反応が得られるのです。
それはやはり無意識に自分と比較するのでしょう。要するに「そのサイズの花束を実際に自分が貰えるかどうか?」の対比が起ってしまい、目線を伏せる反応が得られるのではないでしょうか?
男性と女性の違い
男性である私からすれば花束などあまり意味のないものに思えます。
こんなことを言うと女性に怒られると思いますが、喰える訳ではありませんし。
実用品でもないし形として後々、残る物ではありません。男性はどちらかと言えば形として残り、後からでも実感として味わえるものを喜ぶ傾向があります。ですから、男性に花束を贈ってもまず喜ばない。
男性は自分がそうだから「女の人もそうだ」と思い込みがちです(笑)。確かに私は物欲は女性の方が若干強いように思います。ですが、物欲の形が男女で微妙に違うのです。
男性は形のないもの、例えば社会的な地位(ステータス)や肩書き、周囲に威張れる立場や仕事にしがみつきます。さっきの車を例にとるならば「ベンツやBMW、フェラーリにカッコよく乗れる」立場や収入があることを誇る場合が多く、その物を誇るのではありません。
ですからさんざん車や飛行機、船を自慢していても、友人や知り合いが同じタイプを買うとあっさり乗り換えたり、誰かに与えてしまうような行動が見られます。「物」が気に入っているのなら新しく追加すればいい。
他人に渡す必要はありませんよね?
男性の場合は「物」に固執しているというよりは、そのような高額な「物」を、簡単に買える立場や環境を自慢し固執している部分があります。
昔の恋人に貰った品物を見ようともしない反応は男性に多いですね。女性は「プレゼントはプレゼント」と割り切って平気で使っている例が結構あります。自分の贈ったプレゼントを使っている元彼女をみて「あいつは俺にまだ気がある!」と思い込む男性諸氏がいますが、殆ど勘違い。
それは男女の精神構造の違いです。
毎日のように店をはしごする男性もいます。
懇意にしている高級クラブのママが「男の人って馬鹿ね。私だったらあんなことにお金を使わないわ」とあきれていました(笑)。ご自分がそういった商売をやっていながら、飲み屋(自分の店)にきて、見栄を張って高いお酒を入れたり何件もはしごする男性を見てそう思うのです。
女性の立場からするとその行動が非常にもったいないのでしょう。一件の店にするとか、特定の女の子にすればいいのにと女性は考える。
複数の場所に入り浸れることに優越感を感じる男性も少なくない。女性ならば、店舗とか相手をかなり限定してくるでしょう。お気に入りの店とか気に入った男性のみに集中したほうが意味があるように思います。
それが男女の違いでもあります。
そういった行動(何件もはしごをする)をとる男性は「女の子を口説きにいってる」というよりも、そのような高い場所に何件も出入りできる自分を「凄くなった」「立派になった」と思って陶酔している部分もあります。
殆どが自己満足です。きっと女の人の側からみると「バッカみたい」と思うでしょね。
実は贈っているのは品物ではない
たまに別れる際に「いままでにお前に贈ったプレゼントを全部返せ!」と言うセコい男性もいますが・・・。
それは商品というよりは悔しさから自分が贈った気持ちや時間を返せ、と言ってるのです。まあ、いずれにせよ、そういった人物がセコいことにかわりはないですが・・・。
女性は誰かから贈られた物を大切に保管していたり、それを贈って貰った男性と別れても平気で使っている場合が結構ありますが、たいていの理由は「もったいないから」。とても単純です。
別にその別れた恋人や夫に対する未練でも何でもありません。ですから、誰かに指摘されるまでそれが「別れた旦那や恋人からの贈り物」だったことを忘れていたりもします。
はっきり言えば「誰かから贈られた」時点で、私のものなんですよ(笑)。そこが男とは決定的に違います。
すべての男性や女性がこのようなことに当てはまる訳ではありませんが、大変興味深い結果です。
良かったら周囲の方にアンケートでもとってみて下さい。面白い結果が得られますよ。
大きな花束を贈る(贈られる)ことは、いわば「非日常的なことを経験する」ことに他なりません。
贈られているのは花束ではなく、「自分ではなかなか体験できない」一瞬を誰かから贈られていることになるのです。
消えてしまうからこそ価値があったり。枯れてしまう花だからこそ、高額なものはなかなか贈りません。「それならば同額のバックとか形として物が残るものにしよう!」と男性は考えがちで確かにそれでも女性は喜ぶのですが、花は花で喜ぶ人が多いのです。
思わぬプレゼントを貰って人が喜ぶのはその「非日常的な瞬間」が感動を呼ぶからです。自分では積極的に買おうと思わない大きな花束とか、ちょっと気の利いた逸品。
それを貰うことで自尊心とか優越感、充足感、満足感を刺激するから嬉しいのではないか? と私は考えます。
ですから「私、花束なんかより食べ物の方が」とか「物やお金で貰う方がいい」と考える女性であってもいきなり知人や家族、恋人から大きな花束を「おめでとう!」と差し出されれば嬉しいでしょう。
卒業式や謝恩会、結婚式やプロポーズなどで異性から大きな花束を贈られている人を、女性は同性として羨ましくも思います。
だからこそ大きな花束を抱えて贈ろうとしている男性や、そういった花束を嬉しそうに抱えて帰る女性やカップルを無意識に目で追ってしまうのではないか? と考えます。
プレゼントには思いもよらない刺激がある
言葉を返すと、中途半端の物を贈ったのではあまり効果がない、ということです。
女性が自分で買うことができるレベルであったり、何かの機会に贈って貰える可能性のある品物ならば「非日常」的ではありません。
面白いなーと思うのは、女性に同じ「2万円の品物」を贈るのでも「花束」と何か別の商品を贈るのとでは反応が違います。
最近の女性は贅沢?な方も増えましたから2万円程度のプレゼントではあまり満足しない方もいます。ブランドバッグとか宝石やアクセサリーなど高額なプレゼントを、男性に平気でねだる方もいらっしゃいますよね?
ただし、日本の男性はまだシャイな方も多いですから、思いきった大きな花束などはあまり贈りません。まして、それを抱えて自分で持ってくる人は更に少ないでしょう。
ですから、よほどプレゼント慣れした女性じゃないと日本では同じような体験をされている方は少ないのではないか?と思います。
思い切って何かの記念日とかイベントの時には、贈られた女性が周囲に「大きな花束!」と驚くくらいのサイズの花束を贈るといいかもしれませんね。
特に交際期間が長かったり、普段はそういったことをやったことないご夫婦などの場合には、より効果的でしょう。
ただし、やりすぎは禁物です。私の知り合いの男性である女性の誕生日に花束を100万円分贈った方がいます。
大阪北新地にあるお店にお勤めの女性でしたが、当日、お店の中は他の方からの贈り物が置けない状態になってました。店が花で埋まっていましたので・・・。
その女性からかかってきた電話での第一声はこれです。
「何これ? 何かの嫌がらせ!?」
これには笑ってしまいました。
非日常的な刺激は「適度であれば」嬉しいものです。
贈り物とは物ではなく、心を贈るもの
あまりに極端な行為や常識からかけはなれると怖がられると思いますが・・・。まったくその気がない異性や、それまで面識がない人にいきなり大きな花束や高額な品物を贈りつけらると逆効果でしょう。
おそらくは怖がられます(笑)。
適度な刺激、優しい思いのこもったプレゼントは生活に変化と感動を与えます。
え? あんた、いっつもそんな事ばかりしてるんでしょって?
違います。たまにですよ、たまに。この時は意図的にやったものではありません。偶然です。
私自身は、そんなにお金持ちでもありませんし。
え? 「試しに実践してみる!」って?
これを読んだ男性が大きな花束ばかり贈るようになると困りますが・・・。きっと私が贈る花束が小さく見えてしまいますから。
わかりました。私はまた別の方法を考えましょう。今度は誰にも内緒にしときます。ここにも書きませんよ。
プレゼントは物を贈るのではありません。相手に「気持ち」を贈るものです。
「高額な商品か、現金や商品券の方がいい」というような女性とは、最初からおつきあいしない方が無難です(笑)。あなたからの気持ちではなく「お金とか物品」のみをを求める人は、結局は「誰だっていい」のですから・・・。
見ているのはあなたの思いではなく品物だけです。
全国で卒業された皆さんへ。
卒業、おめでとう。
あなたがたの将来に、幸多からん事を。
※このコーナーの文章は私が以前に付き合っていた恋人のために卒業式に綴られた文章です。読み返すと懐かしいですね。
1998年03月30日 初稿
2009年12月16日 加筆、修正
谷口信行
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