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必要なのは救援で原因の決めつけではない
誤った情報や錯覚が多いですね?
十数年も前に一時だけ一緒に仕事しただけの私が、中島さんのことを必死に擁護したり庇うのも何ですが・・・。
確かに私は以前、深夜番組でオセロと共にコーナーをやっていましたが、途中で嫌な思いをして辞めた側なんです。
過去の事情についてはこちらに書いています。
どっちかっつーと、被害者の部分もある。
一時期はかなり凹んだり、嫌な思いもしたんですよ。
当時の事情を友人やメールをくれた人、兄や家族にも一殆ど話したことはありませんが・・・。ウチの兄貴には「なんで、せっかく決まった番組を辞めるんだ!」とはっきりと責められたことまである。
これでやっと生活が楽になるとか、仕事が軌道に乗るかもって気持ちは私にだってありましたよ? 当時は催眠術とか心理的な内容について触れているホームページや施設は殆どありませんでした。
言わば草分けに近い存在で、社会に偏見も多く、散々苦労して管理や運営やってましたから。
収入事情とか生活は楽ではなかった。それでもね。被験者に無理をさせるとか、催眠で被験者(つまり一般人)の浮気とか嘘を暴くってスタイルや企画に、どうしても乗る事ができなかったんですよ。
だからこそ、どんな条件や報酬をチラつかされても辞めたんです。
私がオセロとか中島さんと個人的に仲が良かったわけではないんです。
こういった記事をここに書いて私自身が騒動に巻き込まれたり、あらぬ誤解や中傷を受ける可能性もあります。ネットとかマスコミってそういうものですから。
そこまでして擁護するべき「大切な友人か?」と問われればそうではないかも。そんなに親しくはなかったので。
ですがねぇ・・・。だからといって間違った情報や一方的な内容が何度も番組で流れるのはよくない。中には中島さん個人やご家族、相方や仕事仲間が誤解を受けかねないものもある。
専門家を名乗る人間や番組のコメンテーターが「洗脳の被害者」である中島さんを、誤解から一方的に詰ったり、批判めいたことを言ってるのは流石に不快に感じます。
真意とか本当の発言の内容はわかりませんが
有田芳生氏が、「男運が悪い人は洗脳されやすい」などと語った、とTBSの某番組(アッコにおまかせ)で流されていました。
有田芳生氏というのはオウムの事件で名前を馳せた方ですね。洗脳の専門家とまでは言えないでしょうが、まったくそういったものに疎い(うとい)とか知識がゼロの人ではないと思います。現在は民主党の議員ですね。
そういった意見が世間に浸透しては困る。だからこそ、わざわざ私がここでこの騒動について追加でコメントしておこうかと思ったのですが・・・。相手は公人(政治家)ですし過去のオウム事件の関係者でもある。
名前が知れてる現職の議員が、マスコミを通じてそんなコメントを出してしまったら、鵜呑みにして信じてしまう人が大勢いるかも知れないでしょう?
はっきり言いますが、「男運」なんざ洗脳に無関係ですよ。
有田芳生氏が「本当にそういったコメントを言ったかどうか?」は私にはわかりません。
先に触れましたが、私も一時期は番組に出ていた側ですよ(笑)。週刊誌や雑誌等などからの取材も何度も受けています。
ですのでマスコミ報道とか、まして、バラエティ番組で流れたものが「すべてその通りだ!」「コイツがそんな酷いことを言ったんだ!」と思い込いこんで詰るほどお馬鹿さんにはなれません。
私の発言とかこのサイト(ホームページやブログ)に書かれた内容を、番組や雑誌において、「全く違うものの」ように扱われたことが何度もあります。
某週刊誌には私のこのサイトに載せた内容、私がメールで送った受け答えの内容をそのまま、丸パクリされたこともありますよ。
最初は私の名前をきちんと載せて記事にするとのお話でした。メールで何度か受け答えして幾つか情報を聞き出したらパタッと途絶えた。そのまま発売日です。こちらには何の謝罪も連絡もありません。
私の発言として記事やコーナーに載せるよりも、有名タレントの発言にしたほうが、ウケるとか面白いと編集者が考えたのでしょう。
当時のメールの受け答えや記事もそのまま残してあります。
それがまあ、マスコミってものでしょう。彼らはそういった行為を平気でやります。
マスコミや番組においては、誇張とか誰かの思惑「面白くしよう」としての脚色などが入りやすいため、コメントを出した人の意図、真意や発言が歪められてしまうこともあります。
運とか何かで安易に「括る」のがもっとも危うい
そういった番組の真意とか有田芳生氏実際の発言の内容はわかりませんけどね。
中島さんが「男運が悪いから誰かに騙されたんだ」というような内容を何度も流したり、番組を見た人がそう信じるのは誤りであり危険です。
あのですねぇ・・。
相方の結婚と出産がとか、昔の恋愛がどうこうとか書き立ててる週刊誌とか、憶測で物を言ってるコメンテーターとかが複数いるようですが、そういったのは関係ないですよ。
確かにそれは要因(よういん、決定打ではなくたくさんある条件の一つ)とか遠因ではある。
ありますが、じゃあ手ひどい失恋をした人は全員が宗教団体とかカルトに入信したり、親しい友人や仲間、知人が幸せな結婚や出産をしたら、洗脳騒動になったり家賃滞納で訴訟沙汰になったりしますか? どちらかというとかなりの少数でしょう?
そういった考え方や発言そのものが、自称占い師とか怪しげなスピリチュアルカウンセラーだか、カルト宗教に力を与える結果になってしまいます。
私は空手とか合気道とか好きでやってましたけど、そういった格闘界の指導者にも、こんな発言をする人がいます。
「お前に隙があるから、風邪を引くんだ!」とかね。「気合いがあったら、風邪なんて引かない!」とかね。
馬鹿馬鹿しいです。精神論にも程があります。
身体をどんなに鍛えてたって、風邪なんざ引く時は引きます。
インフルエンザやウィルスに勝てるような健康方法とか鍛練方法があるなら、各国が多額の費用をかけてワクチン打ったり、大量の鶏を一気に処分したりするわけがないでしょうに・・・。
スペイン風邪でね。人類は6億人の感染者を出して4000万人を超える死者を出しています。
亡くなったり罹った方は皆、気合いが足りなかったのですか?
世界の人口の1/4~半数が感染したと言われているんですが?
そんな画期的?な鍛練方法や健康方法、防疫方法があるなら、その研究でノベール賞が貰えますよ(笑)。
洗脳とかカルト宗教、営利目的での「紹介販売」(マルチ商法)なども同じ。「運」なんぞで取り込まれる人が決まるのではありません。
きっかけとタイミングが合致したに過ぎない
一般の人にもわかりやすいように、病気などを元に例えますけどね。
洗脳、とかそういった精神的なトラブルってのは「インフルエンザ」みたいなものです。要するに何かのタイミングで「ウィルス」つまり、悪意を持った連中に接触すれば誰だって感染はします。
なんらかの「きっかけ」があってね。たまたま悪いタイミングで、悪意を持った連中に近づかれてね。そいつらが言葉巧みに接触すれば、深みに嵌まってしまうこともあるんです。
はっきり言いますが、どんな人だって洗脳されたり、営利団体やカルトに取り込まれてしまう可能性はあります。「私だけは大丈夫!」なんて思ってはいけない。
心とか身体を鍛えていれば大丈夫、とかね。精神的に弱いからとか真面目で恋愛経験が少ないから「洗脳される!」でもなくてですね。どんな人も同じだと思ってください。
ウィルス(インフルエンザ)は相手を選ばないでしょう? 抗体を持っていなかったり、体力が弱っているものが死に至りやすくなるというだけで、気合いとか健康法でどうにかできるような甘いものではありませんよ。
苦しんでいたり悲しんでいる最中に誰かに親切に接触されれば、普段はしっかりしている人でも油断は生じますよ。
それは過去に洗脳からの脱却とか宗教団体からの脱出を手がけた私にしたって同じことです。集団で取り囲まれたり準備を怠っていれば、私だっていつ危険な状況になるかわからない。
人間なんて弱いもんです。
事故とか怪我とか病気などもある。会社をリストラされたり、恋愛で失敗したり、肉親や家族、友人をいきなり失ってしまうことだってある。
些細なきっかけで落ち込んでいる時に言葉巧みに近づかれて信用してしまい、結果として何かに取り込まれたり利用されるケースはあるのです。
それをね。「男運が悪いからだ」とかね。「前世で悪いことをしたからだ」「精神的に脆かったからだ」などと決めつけるのはね。あまりにも酷いですし、経験や知識のない人の誤解であり錯覚です。
少なくとも医者とかカウンセラーとか専門家の言葉ではありません。
原因を運とか前世、「取り込まれた人の」周囲や家族、仕事仲間とか友人に押し付けるのは、「カルト」や詐欺師の常套手段です。
安易に「○○のせいだ!」と簡単に決めつけてしまえば、余計に誤解や錯覚が増えます。それは思い込みに過ぎません。結果として「私は○○じゃないから」という抜け道というか油断が生じるのです。
男運のせいだとか、過去の失恋のせいにしてしまえば、「私はそうじゃないから大丈夫!」と思い込んでしまうでしょう? たくさんの人の心の中にも「隙」が生じやすくなるのです。
勘違いしてる方は改めてください。
経験や知識があっても危ない
悪質なカルトにはね。対象者に隠れて嫌がらせ行為をして、不幸を演出する者までいますよ。
事故とか水漏れとか窃盗などが頻発してね。それから救ってあげるといって、おまじないとかお守りグッズを売り付ける輩までいるんです。
過去に何らかのインフルエンザの「型」に感染してきちんと治癒していれば、同じ「型」のインフルエンザにはかかりにくいでしょ?
同じ意味で、「洗脳など悪意を持って接触する相手でも」過去に何らかのトラブルから自力で回復した経験があれば、うまく回避できるかも知れません。
ただし難しいのはね。過去と「完璧に一致する」なら簡単に排除できます。が、たいていにおいて完璧には一致はしない。要するに変異した新しい「型」だと思ったほうがいいでしょう。
そりゃそうでしょ? 相手も変わりますし、環境も自分の年齢も変化しますから。
過去に失恋経験があれば。多少は強くなったように思うでしょ? その経験で耐性が出来ていると誰しもが思うから。ところが、また大やけどしたり大好きになって失敗することはないですか?
詐欺師とかマルチ商法、洗脳まがいの人間にも、過去にあった事があって知識や経験があるならば回避出来たり、酷い被害を受ける前に予知したり予防することが可能になるかもしれない。
そういった詐欺師やペテン師の接触方法は「まったく同じ」ではなく、毎回、少しづつ異なるのです。外に出て誰かに触れる機会があれば、「また騙されてしまう」可能性は常に残ると考えて下さい。
その程度の警戒心は常に持っていたほうがいいんですよ。
人間には心がある。その心は外的な刺激、つまり誰かの働きかけや接触、文章や言葉、歌、映像などで微妙に変化します。人間は大脳が肥大し、他の動物とは異なる言語形態や文化を持っています。
そこが他の動物との違い。言葉で「感染」し、酔うことがあります。自分で読んだ文章とか文学、文字や記号(漫画やアニメを含む)で感化されたり強い影響を受ける生き物は人間だけだったりします。
ですからね。高圧的な何かとか特定の手順を踏む洗脳者が現れれば、やっぱり「感染」はします。
人間は好きな人からは感化されやすい。素晴らしい友人や仲間、恋人が現れれば善い影響を受けられるでしょう。それは時に成長と言われるものです。
反対に悪い影響と受けると共依存を生じさせてしまったり、薬物やギャンブルにのめり込んだり、仕事に一切、行かなくなるなども起こり得るわけです。
それも「運」と言えば運ですけどね。
最初から明確な悪意を持って接触してくる人はあまりいませんよ。最初はいい人だったのに途中から変わってしまう人もいる。一部の悪質な連中は「明確な悪意」を持っていても、それを隠します。
誰かを利用してお金儲けを企もうとする連中であればあるほど、最初からそういった危うい部分とか後ろ暗い部分を、明確に匂わせている人は少ないでしょう。
多少の知識があってもね。経験があったって危ないのです。
男運などではなく、悪意がある「接触者」を排除しなければ
インフルエンザに感染すれば徐々に症状が出ます。熱が出たり苦しければ助けを求めることにもなります。誰かに「助けて欲しい」と求めたり相談できる場所を探すことは、何ら悪いことではない。
同じ意味で「精神的なトラブルにおいても」救援や手助けを求めることはあるでしょう。
ただし、社会には善意ばかりではありません。やぶ医者とかね。前出の格闘技の指導者なのに「気合いで治せ!」とわけのわからない精神論ばかりをぶつ人とかね。
泣きっ面に蜂と言いますが、体調が悪い時にそういった人達に当たってしまうこともあるわけです。
その何割かが更に悪質で、自称占い師だったり霊媒師だったり、誰かの不安感や苦しみ、悲しみに便乗して金儲けを企んだり、相手の財産や身体、命を奪おうとする詐欺師だったりするわけです。
風邪を引いたり新型のインフルエンザに罹っても、やぶ医者とか変な指導者とかに当たらなきゃ、意外にあっさり治癒したのではないですか?
大事なのはね。あるかどうかもはっきりしない「男運」について考えることじゃない。
真剣に考えるべきなのは悪意を持って接触して、甘言を労して誰かを取り込もうとしたり利用しようとする「接触者」、すなわち、洗脳者やカルト宗教についてなんですよ。
人生の過程で何があったとしても、それはただのきっかけでしょ? それが原因ではないのです。
ご両親の介護をやってて疲れていたり、突然の事故や長年の持病で悩んでいたり、子供や家族の死、何らかの震災や天災をきっかけにカルトに取り込まれる例もあります。
それを「あれはあの人は気が弱かったからだ」とか、「あの人は昔からそういった人だったから」とか、まして「男運が悪かったからだ」などと決めつけたり、相手を責めたり詰るのでしょうか?
違いますよ。
学校における、いじめ問題でも「いじめられる側にも問題がある」と言い張る、馬鹿な人が時折現れますけどね。どんな事情や背景があろうとも、いじめや「洗脳」を行なう側が悪いに決まっています。
何がきっかけであろうとも、それを理由に相手の生活とか財産、「命」をないがしろにしたり、失わせていいわけがない。それはそういった卑怯な行為を行なったり、加担する連中の言い訳です。
過去の何度かの恋愛の失敗程度で、それが今回の洗脳騒動の根源だと言い張るのならおかしいんですよ。そんな感覚が広がったら、今後ますます、自称占い師やいかがわしいカルト宗教の温床となってしまいます。
男運で括るなら「男運を良くしてあげる」って話になります。それこそ宗教団体や占い師の常套句でしょうに・・・。「あっちの方角に何々を祀ると運が良くなりますよ」「このお守りを買いなさい」なんてのはよくやってますよ。
私は被害者や相談者、その家族に絶対に「運」を語りません。
生きてりゃ事故だって怪我だってありますよ
医者が患者にインフルエンザについて正しく語るのならね。「ウィルスに勝てる気力とか運なんざありませんよ」「普通に生活していれば、多少は何かのウィルスに感染しますよ」と話すでしょう。
気合いで治せとか、見えもしない「運」を挟むなら医者やカウンセラーじゃなく霊媒師やまじない師です。
予防のためには「こまめにうがいをしなさい」「加湿器をつけなさい」「体力を落とさないようにし、温かい格好をして外出するように」と普通は言うでしょう。
ウィルスの感染に「運」なんざ関係ありません。近くにキャリアや保菌者がいないことが大切でしょう。いれば感染します。体力が弱っていたり、感染に弱い乳幼児や老齢者なら尚更です。
「自分の周辺に感染者が一人もいない」幸運に常に恵まれるなら確かに凄い事です。
普通はそんなことはありません。全員を排除して隔離するしかなくなってしまう。そのやり方では不自然ですし生活できなくなります。
だからこそ、皆が予防接種受けたりマスクとか手洗い、うがいを推奨するんでしょう?
大切なのは「予防」と万が一、病気にかかった場合の「対策」特に初期対応です。
そもそも「運」なんてものは論じたって意味はない。予防にも防止にもなりゃしませんから。全ての他人、誰かとの接触を無視して仕事したり生活することなんて不可能なんですから・・・。
出会った人の何割かは悪い人だったり、強烈な悪意も混ざるものです。
外出を止めればトラブルは減るでしょうが、それはそのまま社会生活や人間関係、仕事や恋愛そのものの否定に繋がってしまいます。
生きてりゃね。多少は問題なんてあるもんです。全てに順風満帆で、何のトラブルもなく、ずっと安寧で安穏、安心して暮らせる、なんてことはまずありません。
たまに親に甘やかされて育ったお坊ちゃんに、そういった主張をする人にも出会いますが・・・。妄想ですよ(笑)。その人がたまたま、その時点までは幸運に恵まれててトラブルに巡り合わなかったというだけでしょう。いずれは出会います。
「死」とか「老化」から、逃れられた人なんて世界中探したっていませんから。
波乱万丈がいい、とまでは言いませんけどね。
生きてりゃ事故くらいはあるの。
怪我だって病気だってある。仕事上のトラブルとか、恋愛での大失敗とか、布団かぶって一歩も外に出たくなくなったり、眠れない夜もあったりするものです。
試験や仕事での失敗、ライバルに負けるとか家族や仲間が死ぬとか。必ずトラブルには遭遇します。どんなに順風満帆に見えたって、長い人生において何のトラブルもない一生ってのはありません。
悔しいとか悲しい、辛いとか苦い、想い出したくもない失敗とか、誰かに絶対に触れられたくない過去とか、何らかの「背負うもの」が出来たり、一つや二つはあるのが人間でしょうよ。
後悔が残らない、何の失敗もない人生なんてものはない。
人間は他の動物に比べて大脳が発達した生き物でもあるから、他の動物以上に「過去や失敗に囚われ」クヨクヨ思い悩む生き物でもあるでしょう。
「運」が何かを、きちんと考えたほうが良い
確かに多少の運、不運はありますよ?
いつもと同じ通勤電車に乗り、たまたま電車の一両目に乗ったためにオーバーラン事故に巻き込まれ、「たった一人だけ」お亡くなりになった実例も存在します。
私自身も阪神淡路の経験者ですが、震災で運悪く亡くなってしまう人もいる。
友人を助けようとね。被災地で救助活動をやってた奴がいました。余震があって足を挟まれてね。燃え盛る火の中で「助けてくれ」と叫びながら亡くなった奴がいます。
私はその現場にいませんでしたが、最後を看取った友人が涙ながらにそれを語っていました。
2011年の東日本大震災では仲間や地域住人を助けようと、必死で防災無線で叫び続けながら津波に飲まれてしまった女性だっています。その勇気や優しさをみれば「運が悪かった」としか言い様が無い。
そういった優しさを持つ人が、理不尽に奪われる姿こそが、「運が悪かった」と表現していいものではないか?と私は思うのです。
でもね。恋愛とか人間関係の多くの場合はちがう。
運じゃありません。
相手が生きているのだから。
「何か?」を自分で伝えることができる。なにより、自分で相手を「選ぶ」こともできます。
選ぶことのできないもの、避けることのできない大きな災厄とか驚くような幸運を、時に人は「運命」などと表現します。
大きな悲しみとか憤り、反対に素晴らしい喜びや豊作を、古来よりそういった言葉で現してきたのでしょう。それは何となくですがわかる気はします。
だから私は「自分の努力で」変えることのできるものを「運命」とか、まして因縁とか前世などと表現するのはよろしくないと思っています。
あなたと別れたパートナーがね。幸せに結婚していたり、別のパートナーを見つけてうまくやっているケースだってあるでしょう? ということは、相性とか価値観、考え方が異なっただけで、別に「運が悪い」のでも「どちらが悪い」のでもなかったかもしれない。
私個人は、何かあるごとに「運」を引き合いに出す連中を快く思っていません。
本当の意味で運悪く、たまたま震災などに巻き込まれて亡くなってしまったり、障害を持って生まれてきても懸命に努力してる人達に失礼です。
そもそも、「運」ってなんですか?
実は、これも私の口癖なんですが・・・。
運っていうのはね。切り開くもので待つものではない。
安易に運が良いとか悪いとか口にする人は多いようですが、じっと座ってて幸運が舞い降りてきて、あなたに素晴らしい出会いとか恋人、大金や仕事を分け与えてくれますか?
外に出て、勇気を出して何かを始めないとどんな幸運も近寄っては来ないでしょう?
たいていの人の口にする「運」ってのは、そもそも運なんかじゃないんですよ。
大金を道ばたで拾うことですか? 博打で大当たりを引くこと? 例えば競馬で大穴とるとかですか? 誰かがいきなり大金をくれること? 親が財産を残してポックリ死ぬことでしょうか?
それって幸運だと思いますか?
その殆どは自身の努力で何とかできるものでしょう? 縁もゆかりもない誰かがいきなり現れて、お金を恵んでくれるとか、恋人を分け与えてくれるなんてことはまずありません。
結局、幸運って何かと問われれば人との「出会い」とか「人との縁」(えん、えにし)だったりするもんですよ。
良い出会いがなければ良い関係も仕事もお金もまわって来なかったり。
男運とか女運なんてのは、典型例ですよ。
たまたま2、3人ね。付き合った人と別れたとしましょう。手ひどい失敗になったり、最後は罵り合ったり、二度と顔もみたくない別れ方となったとしましょう。
運が悪いから「私は人生に失敗したんだ」と思い込むのでしょうか?
で、運を良くしようとお祓いに行ったり、占いにせっせと通いますか? それで悪運が祓えて素晴らしい異性とかパートナーと巡り合えるのでしょうか?
私はそんなものは信じません。
原因探しなんてのは、もっと後になってから
何の努力もせず、神頼みをやったり、誰かを嫉んだり悪く言う者に、チャンスとか「運」とか巡ってくるわけがないですよ(笑)。
芸能人だとね。過去の恋愛の情報とかも、どこかから漏れ出したりはします。
それを知った番組のコメンテーターや自称、洗脳の専門家が「あの人は男運が悪かったから」などと表現することになります。
付き合っていた当事者ご本人にしかわからない事情とか、背景が殆どでしょうに・・・。
たった数回、過去の恋愛で失敗した程度で「男運が悪い」と言われるのではいたたまれませんよ。また、相方が幸せに結婚しているから、出産したから、もまったく無関係でしょう。
はっきり言いますが、んなものは関係ない。
人生に事故なんざつきものです。外に出て活動したり仕事や恋愛に励めば励むほど、近寄ってくるトラブルだって増えてきます。
そのトラブルに見舞われた時に、「たまたま」あまり筋のよく無い人間が側にいて、支えるフリをして財産とかお金を奪ったり、弱っている対象者を徹底的に利用しようとしたりするだけです。
うっかり「悪意のある連中」や、下心のある人に近づいたのは残念なことです。ですが、精神的に参っていた時なら誰だって誰かに縋りたかったり弱気になることはある。
騙されたとか大きく報道されたからといって、その人(被害者、今回なら中島さん)を一方的に責めるのは酷ってものです。
大事なのはね。「親が」「相方が」「恋人が」「男運が」悪いじゃなくてね。
今。何をすべきか? です。「私が悪かったのかも」とか、「もっとやり方があったんじゃないか?」なんてのはご本人を救出して隔離、洗脳者の状況が遠のいてからで十分なんです。
こういった騒動が起こる都度に責任者探しとか、原因探しに躍起になる人達がいますが、関係者や過去の経緯、全ての情報が精査できたり手にすることができない以上、何の意味もありませんよ。
それはただの憶測で推測です。憶測で「だから、あいつは洗脳されたんだ!」と決めつけたり思い込む人ほど、実際には同様の危険に近寄ることになります。
発覚した時こそ、迅速に動いて
洗脳問題はね。事態が徹底的に悪化しないと、周囲にはわからないものなんですよ。
わがままとか身勝手で、仕事を休んでいたり暴言を吐いているように見えます。
前回の更新「洗脳解除のために必要とされる条件」でも書きましたが、洗脳とかカルト宗教との接触、実体験のない人はその怖さを知りません。
知らないんだから警戒もしない。対応策も甘くなります。
軽い状態の時に先手を打つほうがいいのですが、先手過ぎると心配した側が「おかしな人」にも感じます。事態の深刻さがわからないからこそ、悪化しないと手が打てないのです。
それを後から誰かが責めても仕方がないんですよ。
んなものは結果論です。地震後に対応策や原発補強について罵るのと同じ。
予見できない危険とか、実際に起こってみるまでわからないものなんて、社会にはいっぱいある。後から見れば「他に手の打ちようはあった」と思う。被害が出ているからこそ悲しみや憎しみ、深い後悔もあるもんです。
そうは言っても何かが起こるまで動けないことも、実際にはあります。
「洗脳解除のために必要とされる条件」では、洗脳されてしまわないために、ご家族や昔からの友人との絆を強化したり、逢いに行くべきだ、って話を最後に行なっています。
それを読んでね。「ああ、だから洗脳されたんだ」とかね。「私たちが悪かったんだ」「あの子を放っておいたから」と関係者とか、洗脳被害者のご家族が自分を責めるなら誤りです。
あれはただの予防策です。洗脳について興味を持って私のサイトを訪れた方に、その怖さを知ってもらい、その上で「自分や家族、仲間がとりこまれないためにはどうすればいいか?」を述べただけです。
社会には多くの悪意がある。洗脳とかマインドコントロールと呼ばれる手法もあって、それらに引っ掛かって多大な損失を出したり、家や財産、命までも失うケースもある。
しかし、そんなものに直接、向き合った経験のある人などそんなに大勢いるわけもない。ですから、警戒が緩んだり油断することだってあるんですよ。
大切なのは「友人、家族や恋人を放置したこと」を後になって責めることではなくてですね、事態が発覚した今だからこそ、相手の身柄を確保し、ともかく迅速に隔離することです。
対象者(被害者)を救済することこそが、大切な部分でしょう。
実際にそういったトラブルと向き合うなら「気に病む暇」すらないんですよ。本当の危険とかこれまでのケースを知っているならば、大急ぎで動かねばなりません。
私とそんなに縁が深かった、というタレントさんではないですけどね。
一日も早い回復、トラブルからの脱出を祈っています。
※最近では異例といえる連続更新ですが、私から見ると事態が切迫しているように感じます。ウチのサイトを訊ねる方も急激に増えていますので、あえて、今回は踏み込んだ記述を行いました。
2012年02月15日
谷口信行
洗脳解除のために必要とされる条件
「危機意識」が圧倒的に足りない
洗脳を解除しようと思っても、なかなか思うに任せないことはあります。
中でももっとも困るのは当事者に「危機意識」が足りないことです。
お父さんとかお母さんとかね。学校の先生とかね。実際に洗脳に遭ったとか身内や知人が被害に遭ったとかとか惨状を目にしていない人が殆どでしょうから。
それは確かに仕方のない部分でもありますが・・・。
こちらからどういった働きかけを行なっても理解できないとか、軽く考えてしまっていて事態が急速に悪化することもあります。
私は過去に洗脳の解き方、ってコーナーにおいて、こういった記述を行なっています。
- 普通に考えればわかりますが、「私は騙されやすいかもしれない」と考える人は安易に危険には近づきません。普段の生活において用心します(笑)。それはおそらく根拠もなく「俺は騙されないから大丈夫だ!」と思い込んでいる人よりも、よほど手強いのです。
更に追加してこういった記述もあります。
- 安易に立ち入らないこと。経験や知識、満足な保障や根拠もないのに大丈夫だと思わないこと。強盗にも強姦にも遭わないと思い込んでいるから高額な商品(バックや時計、宝石)を身に付けてチャラチャラ歩けますし、薄暗い夜道を歩きます。
わかりますか?
これはね。危機意識と呼ばれるものです。
好奇心が猫を殺すって慣用句(ことわざ)も存在します。
探求心とか好奇心は人を育てたり新たな研究や世界を開くためには必須のものでしょう。そういったものを一切、持たなければ努力も勉強も挑戦もしません。
警戒心ばかりが強まってしまえば、家から一歩も出ることがかなわなくなってしまいます。
ですが、何の警戒心も危機意識も持たず、何かに安易に近寄ると大けがをしたり、そのまま帰ってこない、死んでしまうようなことも起こります。
こんな話を持ち出した理由は
親御さんとか仕事先の同僚、仲間や知人、家族、恋人の中にはね。事の重大さとか事態の深刻さにピンッと来ないというか、とても反応が鈍い人がいます。
警告というのはですね。「聞く心」要するに聞き入れて心に止める姿勢とか、相手の言葉に耳を傾ける人に対して行なってこそ、初めて効果ののあるものとなります。
こちらから必死で警告を行なっても「なーに、大丈夫。そんなこと起こりっこないんだから」程度に思っているなら何の意味もありません。
2011年に起こった原発事故でも似たようなことが起きているでしょう? 非常用電源の確保とか、震災時の対応について疑問を持っていたり、津波を心配して高台に新設すべきだとの提言や意見も出されていました。
ところが「これまでに一度もそういった事態は起きていない」ことを理由に無視したり、門前払いにすることもあったようです。
繰り返しますが全てに警戒したり備えるようになれば、切りがありません。家から一歩も出ないとか誰とも触れ合わないことになります。また、何かに備えるには費用もかかります。
ですので、異様に警戒心を持って「全てに近づくな!」と私は述べたいのではありません。
異常を察知したりね。危険を感じたら記録を残したりね。実際になんらかの変調なりトラブルが起きたら「安全だ」「大丈夫だ」などという先入観は捨て、万が一に備えるのがいいのです。
これは洗脳などに限りませんが、危機管理能力というのは「即応性」と「柔軟性」です。
万が一の事態に備えて「取り越し苦労でもいいから、なんらかの対応策を準備しておこう」「心に留め、すぐ動けるようにしておこう」になるのです。
過去に何度か、洗脳騒動で動いたことはあるんですけどね。むなしくなるんですよ。
通報者はご兄弟だったり、ご友人だったりします。
どうみても怪しい行動をとっており、このままでは危険だろうな、と判断します。親御さんや職場、学校の関係者に警告したり事情を説明しても知らんフリだったり、「気のせいだろう」程度にしか受け取らない人は多いのです。
ただの占いとかね。単なる信仰の問題ではなく、真剣に危機が及んでいると思うので初動を早くする必要もあるのですが・・・。その意味を理解して貰うだけでも一苦労です。
宗教だから「何やってもいい」は本当は通らない
以前に「日本において宗教団体が優遇される理由」という記事を書いています。長いとは思いますが、カルト宗教などが日本で蔓延って(はびこって)いたり、それをなぜ、政府とか警察が取り締まれないかについて書かれています。
できれば、そちらも読んでおいてください。
信仰、宗教の自由は憲法(日本国憲法第20条)により保証されています。
「信教の自由」には、以下の点挙げられます。
- 内心における宗教上の信仰の自由 – 特定の宗教を信じる自由、信仰を変える自由、宗教を信じない自由。
問題となるのはですね。その「宗教上の信仰の自由」という文言を拡大解釈して、どのような布教活動も自由だ、どんな迷惑行為、営利活動を行なっても「これは宗教活動だから構わないんだ!」と強弁する連中が実在していることです。
日本国憲法第20条にはね、こういった一文もあるのですよ。
- 宗教上の結社の自由 – 宗教団体を設立し、加入する自由、活動する自由、または加入せず活動しない自由。
「宗教を信じない自由」を保証もしています。と同時に「宗教に加入せず、活動しない」権利や自由もまた、保証しています。
自由とはね。「自分の意思で、どんなことも好き勝手にやったっていいんだ!」ではないのです。
権利ってのは必ず義務とセットです。。どんな「自由」にも枠組はあります。学校が嫌いでそこから自由になりたいからといって、深夜に学校の窓に石投げつけて割ってまわったら。そりゃ逮捕はされますよ。
信仰の自由には絶対条件、守らなければならない「義務」が存在します。
他人の生活、つまり、社会や日々の経済活動、生命などに決定的な悪影響を与えないことです。
信仰の自由はありますが、反対にその信仰や宗教を「断る自由」も保証されなければなりません。誰かが自分を正しいと信じ込んで一方的な無理強いはいけませんし、信仰の自由を無闇に拡大解釈すればいいってものでもない。
双方の自由意思を尊重、生活や命、経済活動や学業を重んじた上で、「信仰は行いなさい」が大前提となっています。
子供や家庭、家族や仕事を放置してどうすんですか?
宗教家であったり、宗派や信仰を名乗る以上、絶対に守らないといけないのは「命」です。
つまり、個人の尊厳とか生き方、子供達を含む弱者の保護、信者や信徒達の生活を脅かさないことです。
本来、宗教とは一部の幹部達が贅沢をするために生み出されたものではありません。
人々をより良い方向に導く、戦乱や飢饉、大災害や疫病で悩み苦しむ人達を「救うこと」を目的とし、設立されたものであるはずなのです。
だからこそ、多額の寄付や献金を求めて信者の生活を圧迫したり、家族や子供をないがしろにしたりはしてはいけません。
揚げ句に若い女性に「身体を投げ出せ」と教祖が求めたり、子供達の世話を放置して集会やイベント、政治活動にだけ、必死でまい進しているのならば、おかしいのです。
そんなものは宗教でも何でもない。ただの営利活動であり大人というか一部の異常者の身勝手な思惑です。そこに「神様」だとか「教義」だとかが入っているなら尚更、薄汚れていて見苦しいものです。
どんな宗教も宗派も、本来は「汝の隣人を愛せ」と言いますし、「暴力や殺人は良くない」と言いますし、家族や仲間、友人を大切にしろ、くらいは言いますよ。
まともな宗教とか宗派、「宗教家」であるならば家族や仲間、仕事をないがしろにしろだとか放置しろだとか、まして「親族には会うな」などとは言いませんよ。
そういった発言を行なったり、信者や参加者の行動を抑制、制限するならカルトであり洗脳なのです。
これは私の持論ですが、宗教は「人々が生活し、生きるためにのみ」存在すべきです。
誰かを苦しめ、家族や仲間を悲しませ、利益を求めて強引な勧誘を繰り返す。献金や上納金ばかりが増え、子供達がみすぼらしい格好をしていたり、ひもじい思いをしている。
で、幹部が高級車を乗り回してでっぷり太っているようでは、とても宗教などと呼べませんよ。
スピリチュアル、などを名乗る連中もなぜか、美食家や太ってる人が多いようですが・・・。強い違和感を覚えます。
信者のほうが痩せている。粗食に甘んじて「教義」とやらを真摯に守っているなら、その指導者なり幹部は、更に厳しい環境に身を置くのが筋です。
自身は甘い環境に浸って飽食を貪り、女性をはべらしながら、信者や信徒、悩んで相談に来る人にのみ、何かの荒行や苦行、献金や義務を押し付けるなら、それは神様なんかじゃありませんよ。
神様や指導者、宗教どころか、人として屑です。
危機意識を持てないから、悪化してから訪れる
アムウェイのような紹介販売(マルチに近い)とかね。カルト宗教のみならず、大きなトラブルに発展するものは社会に数多くあります。
私が若い頃にもやってる奴はいましたよ? 大笑いなのが以前の解説では、商品の宣伝や広告、販売店などを持たずに「紹介販売のみ」で行なっているから大きな利益があり、それを会員に公平に分配することが出来るのだってのが、彼らの売り文句でした。
私がテレビ番組などの出演した際にね。「一緒にアムゥエイで儲けましょう!」って恥ずかしいメールを何通も送り付けてきたお馬鹿さんもいます。
そのアムウェイが、今じゃ堂々とテレビCM打ってます。
それを今、眺めている私からすると、彼らが自分達で掲げてきたお題目、広告費の削減や販売方法に関する説明が全部、嘘だったという証明になってしまいます。
巧妙な説明とか取り込み方法はたくさんあります。確かに背景を知らずに聞けば、それなりにもっともらしく思えるのです。それが「洗脳」と呼ばれるものの第一歩。
多大な実入りや利益をちらつかせたり、宗教や信仰をもっともらしく語ったり、世界平和とか社会正義を語る者の多くが、「これは洗脳ではない」と言い張ります。
「洗脳だー!」「マルチ商法だー!」と怒鳴りながら、近づいてくるなんてのは稀。殆ど存在しません。
「絶対にそういうものではない」「安心ですよ」「いつでも辞められます」と必ず言うものです。ですが、実際には在庫を多数買わされて支払いに追われてしまったり、集団で取り囲んで精神的な拘束を受け、脱出が不可能にされてしまうことがあります。
危機意識があるならね。最初からそういったものには近づきません。
弱い犬には弱い犬なりの処世術なり、防御方法がある。歯を剥き出しにして大声で吠える事が正しいと私は思いません。誰かに馬鹿にされようと、弱いと言われようと、トラブルを上手に回避できるなら、それは立派な能力でしょう。
それをあざ笑うほうが愚かしいのです。
好奇心から何かに誤って参加したり、付き合いで行かざるを得なくなっても、他の誰かに相談したり話す機会が多い人は、どこかで彼らの矛盾に気が付きます。
問題となるのは、本来はしっかりしている人で警戒心もあるのに、何らかのトラブルがあって精神的に落ち込んでいたり、孤独感で嘖まれている瞬間に悪意のある人間に接触されてしまい、一瞬で取り込まれてしまうケースです。
ご本人とかご家族とかね。恋人とか職場の仲間とかね。相方に「危機意識」が薄いので後手にまわります。
そうなると大変です。油断している間にしっかり取り込まれますから。
その程度はたいしたことがない、と思っているので何の対処もしません。防衛策も打てない。気づいた側が事前に通告とか警告してもまったく無視します。
深く関わるのも面倒くさい。「そのうちでいいだろ」「私でなくてもいいだろう」と漠然と思ってるうちに、実家にも友達にも家族にも近寄らなくなり、場合によっては行方不明になります。
そうなってから、慌てても遅いのですが・・・。これが結構あります。
悪化するまで「手が打てない」というジレンマ
警告っていうのは「聞く意思や姿勢、受け入れる耳を持っていること」と書きましたよね。
その意思や姿勢がなかなか持てないのです。
このサイトを開設した初期の頃にはよくありましたよ? 兄からの通報で、現地に訪れて他のご親族(親)に会って話したら、私のほうが疎まれたり疑われて怒鳴られるとか「あんな人の言うことなんて信用できない」と、追い返される実例が。
親とか警告を受ける側に、危機意識がないからです。
また危機意識がないのと同時に、自分達の醜聞、すなわち家族の誰かが洗脳されているとか宗教に嵌まっているとか、多額の金銭を「誰かに貢いでいる」という事実を、第三者に知られたり指摘されるということを厭う(いとう、嫌う)のかもしれませんね。
耳が痛いかもしれませんが、誰かが告げなければ進展も防御もできませんよ。
皮肉なことにね。「学校へ行こう!」などのバラエティ番組、しかもゴールデンの番組にしばらく出るようになると、そういった私への偏見とか錯覚は減りました。
顔とか名前が売れるとね。いかがわしい宗教団体とか占い師などよりも、信頼されたりもするのです。
私に言わせると、そっちのほうが誤解であり錯覚なのですが・・・。テレビに出てるから信頼されるとか、私を疑うのを辞めますってのは極めて危険な発想です。
私個人はネットでテレビ局から直接、出演依頼を受けた側です。ですので何の背景も繋がりも所属プロダクションも持っていません。
ですが、なかには番組に「わざわざ自分でお金を払って」出ている人もいるのですから・・・。信憑性や信頼性を増そうとしてそういった宣伝や露出を行なう人もいます。
露出とか知名度で相手を信用するということは、宣伝とか広告、誰かの仕掛けた思惑に簡単に流されることを意味します。
それだと危ないのです。新たな詐偽とか占い師などに騙されてしまう可能性が残ります。番組や雑誌にたくさん出ているから安心だ、などと油断することが怖いのです。
洗脳状態がとことん悪化してね。自分達ではどうしようもないくらいに追い込まれると、こっちの話も素直に聞きます。そこまで行かないと聞かない人も多いのです。
その間に仕事を辞めてしまったり、家に寄りつかなくなったり、お金を全部使い果たしたりね。お金欲しさで犯罪(売春や窃盗)や違法薬物に手を出すようになってから、親族や身内が慌てる実例も多いのです。
こちらとしては悪化するまで手が打てない。
これがジレンマであり、矛盾でもあります。とことん悪くならないと出番がまわってこない。どちらかと言うと疎まれたり「お前が詐欺師じゃないのか?」とまで言われたことがあります。
その警告を行なったのは対象者の兄が、私の友人だったからで別にお金を貰ったわけでも無いんですが・・・。多少は専門知識があったので、手助けのつもりだったんですよ。
悪化する前に警告すると聞きません。悪化してから「だから言ったでしょう」と言えば「なんでもっと強く言ってくれなかったんだ!」と詰られます。
「その時は気が付かなかったからだ!」「私は悪くない!」と強行に言い張るご親族も、驚くくらいに多いんですよ。
ともかく、接点を持ち、保つこと
過去から何度も言っていますが、洗脳とかね。マルチ商法とかね。何らかのトラブルの予防のためには「取り越し苦労」でいいんです。
間違っていても大きなトラブルになんてならない。
相手を心配しての行動で、その思いから出た言動なら、そんなに悪いことにはならないのです。「うるさいなぁ」と多少思われようがいのではありませんか?
大切な友人とか家族、一度は愛した人であったり、我が子ならば、「その程度のおせっかい」は許される範囲です。
むしろ放置して「洗脳者にしっかり捉えられてしまったら」それこそ、後に大きなトラブルに発展します。
一年や二年の静養期間で済めばいいんですけどね。下手すりゃ一生を台無しにしてしまったり、棒に振る可能性すらあるんですよ。アイドルなどでもそうですが、若い頃に恋愛で大失敗して今も立ち直れないとか、第一線から遠ざかってしまう例もあるでしょう?
とても有名な女優やタレント、歌手だったのにカルト系宗教団体の広告塔にされ、今も帰ってこない人だっています。
だからね。ともかく接点を持ち、それを保つこと。
洗脳を行なうものは、他者との繋がり」を切ろうとします。というかそれが全てなのです。我々こそが「あなたを正しく理解してあげる」と言い続け、そう信じ込ませることで相手を操ろうとするのですから・・・。
接点を断ち、自分達だけが味方であるように偽るのです。そのためには本当の家族とか、心配してくれる仲間や友達、仕事の繋がりをも排除しようとします。
だから、ああいった連中(洗脳者)は「私たちは家族よ」と言い張りますし、繋がりを強化しようと対象者(洗脳を受ける人)と一緒に住もうとします。
それを忘れないでください。
ご親族や身内が、対象者(洗脳を受けた人)に冷たくあしらわれたとかね。暴言を吐かれたとかね。稀に暴力を振るわれるなんてことも時折、ありますけどね。
それは自分を見失っているだけです。本心ではありません。洗脳者に植え付けられた偽りの常識とか、間違った価値観、偽の情報から感情を爆発させているに過ぎないのです。
悪口を言われたり、怒鳴られることもある。それでも諦めず、何度も連絡し、相手の顔をみて「生きていること」「言動がおかしいこと」を確認する必要があるのです。
洗脳者の様子や現在の状況を把握することも、奪回時に重要なポイントになります。
対象者の身柄を確保してるなら、わざわざリスクを犯して「洗脳者に」会う必要はないですけどね。というか会ってはダメです。ご家族や身内が更に洗脳される可能性もありますから・・・・。ここを間違えないように。
対象者の身柄を洗脳者に「先に持っていかれている」なら、会わなくなるのはダメです。
下手すりゃ殺されますよ。
目が届き、騒いでいるからこそ、ギリギリの所で命が救われる可能性が残ります。
催眠に「かかるかどうか?」は洗脳と無関係
また、これも勘違いしてる人が多いと思いますけどね・・・。非暗示性(催眠のかかりやすさ)と、洗脳の容易さはまったく別であり、ほぼ無関係です。
私はある時期を境に、カウンセリングにおいて「催眠術」を重視しなくなっております。
理由は簡単で、「んなものなくても対処は可能だし、カウンセリングと面談、行動パターンの把握だけでも十分な効果は発揮できらぁな」ってのが、実体験で徐々にわかったから。
こういったサイトを立ち上げ、長年、活動してきた側が、「催眠術」を真っ向否定ってのも珍しいかもしれませんが・・・。私の場合は初期の頃からサイト上でもテキストでもこう書いています。
「言葉による暗示は、誰でもかかる」と。
「意識の消失、ロストはそれほど需要ではない」と。
テキストを持っている人は読み返してください。
今ごろになって、オセロの中島さんが洗脳騒動で騒がれていますけどね。私は面識ありますよ。というか、オセロというコンビが売れる前ですね。
彼女達がまだ「布製のつなぎ」作業服みたいなもので出演していた頃に、TBSの深夜番組で何度か、ご一緒しています。私のコーナーの進行役でした。一緒にロケに何度か行っていますし、スタジオでもご一緒しています。
当然ですが、番組の依頼でお二人に催眠をかけようとしたことがある。
かかりは浅く、思ったような効果が薄かった。どちらかといえばオセロの白(松嶋さん)のほうが深かったくらいです。
ですが、現実の騒動においてはどうでしょう? 洗脳騒動の報道で出て来ているのは? 松嶋さんですか?
当時、私のその言葉とか、このサイトに書かれている内容を信じなかった人もいるようですけどね。今、起こっている騒動を眺めれば自ずと真実や現実は理解できると思います。
催眠に「かからないから」洗脳されない、ではない。同じ意味で「催眠にかかるから」洗脳される、でもない。
手順とか段階を踏み、時間とタイミングがあうならば、「どんな人だって」誰かとか何かに取り込まれる危険性はあるのです。
昔からこのサイトを眺めていて事情や背景を知っていたり、洗脳騒動に興味を持ってこのコーナーを眺めている人は、それを忘れないでください。
「洗脳されない方法」とは?
最近は「洗脳されない方法」などで検索して、このサイトにたどり着いている人がいます。
洗脳されない唯一の方法は「特定の人間とだけ」短期間に何度も繰り返して会わないことです。同じ人とか同じ団体とか同じ宗教、同じ占い師の一家と「だけ」付き合わないこと。
同じ嗜好、似たような行動パターンや考え方をする人達が、一ヶ所に集まって生活するようになれば同じような過ちに至ります。
それを補正したり修正したり、忠告や警告する人が存在しないのですから・・・。
それには異性関係や恋愛関係も含みます。マンツーマンで「その人とだけしか」触れ合わない、付き合わないなら精神的に多大な影響や干渉を受けます。
結婚したとしても、親や兄弟には会いに行くこと。私も結婚していますが、嫁さんが親や兄弟、姪っ子、昔からの友達とに会いに行くといえば快く送り出します。
時にはね。お土産に自分で蒸した御強(おこわ)とか持たせて。
ま、流石に男友達に会いに行くなら許可はしませんけどね(笑)。
こういった特殊な仕事をやってるから、って部分もありますけどね(笑)。親やご家族を心配させたくはないので。接点はたち切らないように努力しています。
私が「嫌だ」と言えば会いには行かなくなるでしょう。ですが、それでは我慢を強いることになります。私の色にそっくりそのまま染まって欲しいとか私の思考の「ミニ版」が欲しくて一緒になったわけではない。
私が欲しいのは奴隷じゃないんですよ。考える能力を持ち、自分の意思で私を慕ってくれたり好きでいてくれる存在です。
家族や仲間、友達と会う事を禁じたり、極端に制限するならばそれはストレスになりますよ。いくら夫婦関係やカップル間でも、それはよくないでしょう。
他者との触れ合い、多様な価値観こそが防衛の方法
たまにはね。喧嘩したり意見のすれ違いがあっても良い。あの人が嫌いだから、気に入らないからといって、自分に閉じこもってしまったり、趣味や意見の合う人とだけ触れ合っていると、自分の歪みを正せなくなりますよ?
社会には様々な「価値観」がある。それぞれに大切に思うものも違い、異なる人達が生活しているからこそ、すれ違いや喧嘩にもなりますし、出会いや恋愛などもあります。
同じ方向を向いて、同じ景色ばかりを眺めないこと。
幾ら恋人が好きでも、時には友人や家族と過ごすこと。誰か一人の言葉とか「価値観」のみを鵜呑みにせず、時には比較したり誰かの意見も聞き入れてみること。
それが自意識や自我を回復する重要な「接点」となるのです。
検索で私のサイトにたどり着いた人の言葉、キーワードを調べてみるとね。
親に洗脳された、その洗脳を解きたいとか、恋人に洗脳された、アムウェイの洗脳を解きたい、ってのが混ざります。
相手が「親」だったり、マルチ系企業だったり。恋人だったり上司だったり不倫相手?だったりはしますが、その多くは「相手に洗脳された」または「洗脳されたらどうしよう?」と思っていることを示唆(しさ)しています。
相手と親密になればね。そりゃ、多少は感化されますよ(笑)。好きな相手なら尚更です。憧れ(憧憬)ってのは、特に個人に強く作用します。
確かにある意味では「洗脳」に近いかもしれません。
が、それで生活とか仕事が目茶苦茶になったり、人間関係(マルチ商法が典型)が壊れてしまうのでなければ、そこまで神経質になる必要はないでしょう。
誰も好きにならないし、誰にものめり込まない人生のほうが、おそらくは寂しいですよ。多少は影響を受け、失敗して傷つき、泣いたり笑ったりしながら日々を過ごすものです。
大切なのは遮断しないこと。様々なチャンネルを持ち多くの人、特に親族とか昔からの友達との接点をたち切ってしまわないように、双方で注意し努力しましょう。
それこそがあなたを守る楯となり、あなたご自身の自我、つまりパーソナリティ、個性を守るのです。
ご家族や兄弟、幼なじみや学生時代の友人を大切にしなさい、というのはあなたの原型となった「子供時代」つまり、大人になって付き合った「誰か?」の影響を色濃く受ける前の姿を、お互いが知っているからです。
思い出話の一つや二つはあるでしょ? そこを話すと原点回帰というか、昔の感情とか思いを引き出すことになりますので、精神のバランスが安定するのですよ。
そういった繋がり、肉親や家族、友人との接点を保ったままで「誰かにのめり込む」ならば、自分を完全に見失ってしまうことはないでしょう。
お互いに良い刺激を受け合う、良好な関係だってきっと築けるはずです。
