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空間と心理的な圧迫感

2006/11/28改訂
1999/09/15初稿

少子化が起こっています

最近、日本において少子化が叫ばれています。

それらを防止しようと、時々、政府が公共広告を打ちますよね?あまりにストレートに「子供を産みましょう!」っていわんばかりの内容で、私は恥ずかしくって目を背けたくなる場合もありますけど(笑)。

あれじゃあ無理だと思いますよ。まあこれは私だけではなく皆さんも同じ意見だと思いますが。

コマーシャルとか啓蒙運動で犯罪が抑止できたり、子供をボロボロ産むようになる筈がない。社会的な構造とか根本に考えを正さないと効果がありません。

なぜ「国」が少子化に歯止めをかけたいかと言うと、将来的に税収が減るからです。放っとけばいいようにも思えますが、国や自治体にとってはそうはいかないのです。

年金などのシステム(保険医療制度も同じです)はピラミッドになっています。生まれてくる「次の世代の子供達が」税金を支払うことで高齢者の将来的な収入を賄おう、という考え方で成り立っているのです。

少子化が進むとそのピラミッドが根底から崩れます。土台になる筈の底辺が減ってしまい、上(高齢者)の人数が増えれば、頭でっかちで不安定な形のピラミッドになりますから、都合が悪くなります。

このまま少子化が進めば、近い将来、若い世代にかかる負担(税金)は今までの何倍にもなるでしょうね。

皆さんは段々と情が薄れている現代において、それを若い世代ががんじえる(受け入れる)と思いますか?

無理でしょうね(笑)。

自分のおじいさんおばあさんどころか、親の世話も下手をすれば自らが生んだ子供さえも、きちんと面倒をみることを嫌がります。人間関係や情の希薄な現代社会において「見たこともない他人」のために高額な税金を払うシステムを「義務として」押し付けたところで実行は不可能です。

過激な政党が出てくる時代背景

自分の家族とか肉親でも興味とか関心が持てないのです。なのに介護とか養育の義務、高い医療負担とか年金支払いだけ負わせても納得しないでしょう。

それを若い世代に無理矢理に押し付けるならば、将来的には高年齢者(この場合は年金生活者)などの排斥運動にも繋がりかねませんよ。

現時点の材料や環境から将来を推測すれば「役に立たないなら、いっそそんな連中全部殺してしまえ!」といった浅はかな連中が出現するのは目に見えるようです。

第二次世界大戦において、旧ドイツにナチス党(ヒトラー総統)が台頭してきたのは、前戦争(一次世界大戦)の賠償に苦しみ自国の不況や就職難、生活の困窮からそちらに「傾こう」と思う人が大勢いたからです。

理由もなく唐突に独裁者が現れるのではありません。

うっ積した不満とか子育てや生活が苦しかったり、先行きが不安だからそのような主張(ナチスのような政党)に説得力が出ます。

日本において「与党」(基本的には自民党)がずっと強いのは、それなりに食えてきたからです。飢えとか不況で国民が苦しむ状態が長ければ自然に与党の力は弱まります。

最近になって二大政党制を訴える野党がいます。その野党が「将来の不安」「格差社会の出現」を訴えているのは悪い冗談のようですね(笑)。

「飢えない」ならば、与党のままでいいんですよ。要するに野党が政権を担うには、いったん社会全体が「飢える」必要があるのです。

実際にはその格差社会が「はっきり」現れて与党に不満が高まらない限り、政権交代などあり得ないでしょう。将来、「飢える可能性がある!」だから「野党に投票しなさい!」などと野党側が「脅す」ことは本末転倒です。

将来「ああなる」「こうなる」では票は動きませんよ(笑)。

少子化の原因

第二次世界大戦以前にヨーロッパ各地で起こったユダヤ人の排斥や、移民に反対する活動も不況とか社会的な不安から起こっています。

金持ち(ベニスの商人のモデルもユダヤ系を描いた、と言われています)を排除したり、移民を追い出すことで自分たちの働く場所が確保できたり、仕事が「楽になるのではないか?」といった期待や錯覚から暴走してゆきます。

仕事とか収入が不安定で先行きがみえないのに、子供だけ作る人は少ない。後に述べますが、先進国で暮らす人ほど婚期が遅れますし子供を作ることに慎重です。

私が政府の行う公共広告に苦笑いするのは、「なぜ、少子化が起こっているのか?」をまったく考えていないからです。「子供を作りましょう!」とテレビコマーシャルで言われて、それをそのまま真に受ける人が増え、簡単に問題が解決するなら誰も苦労などしませんよ(笑)。

現時点でも少子化の原因は幾つか考えられています。結婚年令の高齢化、女性の社会的な地位、収入の向上による自立、若い世代の意識の変化などが上げられます。

ですがね、それならアメリカやヨーロッパも同じでなければなりません。先進国の出産率は確かに下がっていますが、日本ほど極端ではないでしょう。

社会保障や育児休暇、扶養手当を厚くして出生率を回復した国(スウェーデン、デンマーク)も存在します。

ではなぜ、日本だけが「国が慌てるほどに」出生率が下がり続けるのでしょう?

心理学とか生物学などから考えれば理由は簡単です。

「生活している部屋が狭いから」

「家が小さくて公園が無いから」

そんな馬鹿な!?ですって?これについては後で解説を加えます。

実は部屋の広さや生活空間のサイズには出生率に大きな意味合いがあるのです。

(先にも一部触れましたが)他にも要因として

「収入が安定しない」「将来に不安があるから」

などが少子化に大きく関係しています。

貧しい国々での子供の現状

貧しい国々にとって、子供は「子供」ではありません。

労働力なんです。

かつての貧しかった頃の日本においても、子供達を「労働のために」酷使することは当たり前のように行われていました。

今の東南アジアや中国、インドなどの現状とも重なっている所があるでしょう。そういった地域や国で、これから発展を目指そうという国々にとって、子供は重要な財産であり貴重な労働力でもあるのです。

「働かせるな!」といくら言っても聞き入れないでしょう。「働かせるために」彼等を生んだ、と思っている人たちにとって、それは元々の考え方に反するからです。

フィリピンなどでは親のために子供が犠牲になるのは当たり前だとの感覚や風習も色濃く残っていますよ。宗教的な背景もあって子供達もそれを当然だと受け入れている部分があります。山間部や田舎になると娘を口減らしのために売り渡したり、出稼ぎに出します。

酷いことだと思うかもしれないですが、日本においても数十年前までは行われていたことです。東北の寒村などでは珍しくもなかった。「ああ、野麦峠」などの小説は日本が貧しかった時代に紡績工場に売られてゆく娘の悲哀を描いたものです。

NHKの「おしん」などが東南アジアで放送されて大人気を博していましたが、それは地域社会が日本の昔に似ているからです。

そういった地域や考え方が根強く残っている地域の場合、少子化の問題は発生しません。それこそ、自分達で「作れるだけ」がんばって作ります。いくら子供が増えても「産んだ分だけ」自分達の生活は楽になる筈ですから。

少子化に悩む日本とは正反対に、人口の増え過ぎた中国では出産規制を導入しています。

「一子化制度」(別名、一人っ子政策。一家庭に子供は一人)といいますが、労働力欲しさにどんどん子供を作ってしまうので法律で規制しています。

もっとも、その法律そのものを無視して子供を作ろうとする人も後を絶たないそうですが.........。そういった形で生まれた子供は出生届を出さないので、国籍すら持たない子供になってしまいます。

一人しか「子供が持てない」となると、跡継ぎとして男児を望むので女の子を売り飛ばす事例も増えています。

そういった違反に手を焼いた中国ではそういった子供や家庭を発見した場合、高額な罰金を課するようになりました。それらが功を奏し、現在では少しずつ減少の傾向にある模様です。

少子化に悩む日本や先進諸国とは正反対に、人口がパンクしないように悩む国もまた存在するのです。

先進国の場合

先進国、つまり、経済的な基盤を手に入れた国の場合、少々、色合いが変わってきます。

教育や生活のレベルがある一定水準に達すると、「子供達を強引に」仕事に従事させることはしなくなります。年端も行かない子供を労働に従事させることが社会的に常識として認められず、周囲が受け入れなくなるからです。

経済的な基盤もありますから、「子供にそこまでさせなくていい」といった考え方が、社会全体の意識として芽生えるのでしょう。

昔の諺で「貧乏人の子だくさん」というものがありますが、これは日本だけではなく世界各国に当て嵌ります。貧乏だからこそ子作りに励みますし、生まれてきた子供には働かせるのです。

ニューヨークやニューオリンズ(2005年大型ハリケーン、カトリーナの直撃を受けた)でも黒人の貧民街のほうが出生率は高いでしょう。

先進国にとって子供を労働に従事させることは罪になるのです。法律でも規制を受けますし、社会通念や国際意識としてもそうなります。

ほんの何十年か前まで日本でも子守りは子供の仕事、といった側面がありましたね。前出の「おしん」でもやっていたでしょ?赤ちゃんや小さな子供の面倒をもう少し大きな子供やおねーちゃんが見て、大人(親)はその間せっせと外で働く、といったパターンです。

地方や農村ではそういった光景が当たり前でしたが、現在はまったくみられなくなっています。

アメリカにおいては明確な法令違反です。両親が未成年者に子守り(ベビーシッター)を頼んで出かけてしまい、その間に火事や事故で子供が起きたら収監されますよ。他の家庭や子供を巻き込んだら、巨額の賠償を請求されて親権も失います。

先の貧しい国々の人は子供を「自分達の生活を豊かにするための道具である」と本気で思っています。また生活のためにそれが仕方ない部分もあり、周囲もそれを常識として受け入れています。

ですから彼等は「私達には一人でも多くの子供を作る権利がある」ことを主張する訳です。

子だくさんになったからといって全てが冷たい訳ではありません。愛情を持って子供達に接している例も多いですし、すべてが道具のように機能している訳ではないでしょう。

ですが生まれてきた子供に満足な教育とか食事も与えられないままに、劣悪な環境で働かされている例も世界には多数あると思います。

先進国では子供に対して「親の持つ権利」を行使して勝手に働かせることができません。法律としても違反ですし、社会がそういった大人を嫌うようになるからです。

ですから先進国では子供に対して大人は「義務」を負って養育するようになります。

労働力として考えるのとは別です

まあ、中にはその義務を背負おうとせず、保険金目当てで子供を殺害したり、子供を虐待して傷害を起こすような愚かで話にならない人もいますが.........。

アメリカなどは「国」としては先進国であっても、一部地域(ハーレムやサウスブロンクスなど)では今だに貧富の差が激しくありますから、子供が働いて自分達の賃金を得ているケースも多々あります。周辺諸国から流れ込む違法移民の問題も徐々に大きくなっています。

これらが引き金になって旧のナチスのような移民の排斥などが起きなければいいですが.......。東西ドイツ統合後に貧富の差とか経済格差が加速してしまい、ドイツではネオナチなどの活動が活発化しています。

近年になって(2006年)フランスでも若者が激しいデモを行っていますが、根底には仕事不足、将来に対する不安感が若者の間に不満としてうっ積しつつあるのです。

子供に労働力を求める国(や地域、一部の人たち)にとって、先に触れた「部屋の広さと出生率」など関係ありません。

「部屋が狭いから」こそ、どんどん子供を作って働かせ、自分達の生活を豊かにしよう、「それが結局はこの子達も幸せにする」といった考え方も成り立つからです。

人間は業が深いですよ。

欲といってもいい。

他人よりも少しでも良いものを持とうと足掻き、懸命に努力する。相手を羨み、悪くいう場合もあります。

良くも悪くも「経済的な繁栄」とは、そういった人間の意識、「欲とか業」でで作られた部分もあるのです。欲しがらないならば労働もしない。与えられる物とか今、手にしたもので満足なら商品の買い替えも交換もないでしょう。

新製品にドキドキしたりブランド品を追っかけたり、映画とか流行の音楽に興じることもないかも知れないですね。お仕着せの官給品とか配給品だけを受け取ればいいでしょう。

採算性や効率を考えるのなら、同じスタイルで同じ色合い、同じ形式の商品だけ作ればいいのです。「他の人とは違う」ものを欲しがる人がいるからこそ、多様化しています。

権利を「得る」か?義務を負うか?

日本も少し前まではそちら側(子供を労働力に数える国々)に近かったのでしょう。

商品の多様化はそのまま文化の成熟度ですし、価値観の多様化です。様々なニーズに答える必要が出て来たから資金投入して「作る」のです。

社会としての「欲求」他の人とは違う「何か?」を欲しがる文化が消費を押し上げます。

ここでは、労働力として子供を求めるのではないケースについて解説します。

ある程度の社会的な成熟と経済的な基盤を持つことに成功した国があったとします。教育の水準も上がり、子供達を労働に従事させることを「善し」(良し)としない雰囲気が社会に出来上がったとします。

すると、こういったことが起こります。

「アーラ、◯◯さんのお子さん、どこの大学に入ったの?」

「◯◯大学ですって」

「凄いわねー」

先に述べましたが、「子供に労働させ賃金を得る」といった「権利」を主張する側は、子供にまったくといっていいほど教育を施しません。すぐにでも働かせることが基本なのです。学校に行かせるだけの経済的な余裕がないことも確かに理由ですが、文化的な成熟度が足りないから。

周囲をみれば「他の子供も働いている」のに自分の子供だけを「学校に行かせる」必然性を感じない。学校に行きたいという子供や勉強したいと言い出す子供に「余計なことは考えるな!」親の言う通り「仕事の手伝いをしなさい!」と怒鳴られるなどもあるんですよ(笑)。

少し前の日本でも当たり前のように行われていました。

子供が働いてくれればお金も入ってくる。貴重な労働力です。おまけに自分で「生産」した子供ですから、賃金は発生しません。働き蟻のような論理ですが生物学の基本、「繁殖」種としての繁栄にはそのような側面も確かにあるのです。

人間も所詮、動物にすぎませんから。

義務感だけでは育てられない

そこで「権利」(労働力として働かせること)を諦め、親が「養育の義務」だけを背負ってしまうと「子供を生んで育てるだけでは」自分には利益が生じないのです。

「子供に利益を求めるなんて!」とお怒りになる方もいらっしゃるかも知れませんが、世界各国でそれが現実です。日本が戦後、多少豊かになったので忘れているだけで日本でも繰り返されてきたことなんですよ。

「おしん」の例などを引いて東北の寒村の話などをしましたが、集団就職が一般化した1960年代まで子供が売られることは普通に続いていたのです。

一部の親にとって、子供は自分が「育てなければならない」存在でしかなく、子供は一方的に「重荷として背負うこと」でしかなくなるのです。

それでは面白くない(笑)。親からすると大変になるだけなので。

すると、例に出したように子供を周囲に自慢できるような教育を施し、一種のブランドとか、ステイタスのように扱ってしまう場合があります。

まあ、これはちょっとおおげさな例ですけどね(笑)。全てがそうではありません。

ご夫婦の中には子供を産み育てることだけで深い満足感や幸福感、一体感や繋がりを得られるケースもあります。そういった人たちにとっては子育ては義務ではなく、自分達に与えられた喜びであり、素晴らしい権利として扱われます。

そういった両親の元で生まれたお子さんは恵まれています。そこには家族の絆が生まれるでしょう。人数の多い少ないではなく、一人っ子だろうと大勢の兄弟、姉妹に囲まれようと義務感ではない愛情が個々に注がれる筈なのです。

ただ、そうではない家庭にも心当たりのある人も多いのではないでしょうか?

「なんで私があなたを育てなければいけない」と考える人もいます。自分達で勝手に作っておきながら「あんたさえ居なければ」と言い出す身勝手な親もいますよ。子供を誰かに押し付けて遊び歩いたり、施設や病院に捨てる親もいます。

総合すると、義務感だけで「子供を育てようとする人」は少ないことを指すんですよ。何かの満足感とか幸福感、支援が得られないと人間はなかなか行動が起こせません。

まして、先進諸国で子供を生んで養育するのには多大な費用と膨大な時間がかかります。

途中で簡単に行ったり、止めたりはできないのですよ。昔の日本とか貧しいアジア諸国とは違って、人身売買は法律で禁じられていますし、社会的に受け入れられませんから.......。

心理的な圧迫感

子供が一人生まれれば義務が生じます。

昔のように強引に働かせる訳にはいきません。親は養育の義務を負い、面倒をみなければならない。少なくとも、義務教育終了(中学校卒業)まではそれが当然になります。

まあ普通は高校までが義務でしょうね。中学を「出してやったから働け!」は日本の実情にそぐいません。就職先が無いですから。板前になるために住み込みで働く、とか相撲取りになるために入門するなら話は変わりますが、日本においては高校卒業までが教育の最低ラインでしょう。

これは場合によっては大きなストレスになります。

収入が安定しないとか離婚を経験する、父親がリストラの憂き目にあったとか借金に追われている、先行きが不透明で将来性がみえないなどは恐怖感に繋がるでしょう。

自分の子供がまだ小さい頃、虐待や虐めを行ってしまう母親が時折いますが、それらの多くは育児によるストレスから「やってはいけない」とは感じつつも、そういった行為を行ってしまうことにもなります。

核家族化が進んでいますから、親との同居とかおじいちゃんおばあちゃんが孫の面倒をみてくれた時代とは違うんです。逃げ場がなかったり行き場がない。育児の経験のない若い世代がいきなり母親や父親になる。

それに圧迫感を感じない人はいませんよ。

子供を労働力として捉え、社会全体が受け入れて使っている場合にはそういった問題は起きません。誰もが貧乏で誰もが懸命に働いて、おじいちゃんやおばあちゃん、孫まで含めた三世帯とか親族一同でコミュニティを形成している場合には、肉親とか血縁者の誰かが子供の面倒をみることができます。

ところが先進諸国においてそれは難しい。

つまり「労働力」として期待できない子供を「生活や将来に不安感があるのに」無理に作ろうという人は、よほどのんきな人か後先を何も考えない人でもない限りあり得ないのです。

責任感があればあるほど、難しくなるでしょうね。子供の面倒を見てくれる人も必要です。養育の義務を知り、なおかつそれから逃げ出さず、家族や恋人(奥さん)を思って、きっちり計画をたてる人ほど無理はしなくなるでしょうね。

今は「出来ちゃった結婚」すら減っているんですよ(笑)。すると必然的に出生率は下がります。

子供を持つこと心理的に圧迫感があり、手助けとかやりがいが感じられない。パートナーも含めよほどの理解とか周囲の協力がないと背負うべき義務は飛躍的に増えます。

残業で帰ってこれないとか仕事や接待で片方が家を空けられないなら、幼い子供の面倒を誰がみますか?

子供を「作る」側からすれば、その現実は「とても背負えないような」重みを感じるでしょう。

もう一つの問題「生活空間」

地方自治体などによっては、新婚さんの補助とかで住宅の手当てなどを行っていますが、それらを利用しても子供は一人か二人作れればやっとでしょう。

何もないよりは少しはマシですが、何人も平気で子供を産もうと考える人は少数だと思います。

何も私は「だから子供達を働かせろ!!」っていってるのではありませんよ(笑)。そんな考え方は時代に逆行します。私の言いたいことはもう少し先にあります。

私は政治や教育、社会をとりまく環境に解決の糸口を求めているのです。

児童の虐待で悩む女性や、子育てをするお母さん達のストレスの原因の一つに住宅環境の不整備があります。

子供は泣くものです。

子供が小さいうちは大声で泣きます。それを止めることはできません。子供は本来、泣くことで自己を確立し精神を成長させて安定させます。泣く子は育つとも言いましたが、泣くのが仕事です。

元々は赤ん坊は「授かり物」とまでいわれ、それを社会全体で守ることが当たり前だったのです。

ですが最近ではどうですか?アパートやマンションで子供の泣き声がすれば、当然のことながら周囲には迷惑がかかるでしょう。良い顔はされません。実際に小さなお子さん連れの状況では、マンションやアパートへの入居を断られるケースすらあります。

壁とか床を汚すとか、うるさいからですって(笑)。いつから人間の赤ん坊は、ペットと同じ扱いになったんでしょう?それで誰が子育てなんてしますか?

それが現実なんですよ。狭い部屋で子育てをしたい人はほとんどいないでしょう。自分だってストレスが生じますから。ですが、だからといってすぐに分譲のマンションや一戸建てを買うだけの余裕のある人がいったい何人いるのでしょうか?

生活空間が「狭い」のです。社会全体が「子供を育て、受け入れる」ための体制が整っていない。子供が泣くことは当然であって、子育てに社会が協力することは当たり前のことだったのに、実際には部屋探し一つでも協力は得られないのです。

その現状で子供だけ作る馬鹿がどこにいますか?

ちなみにね貧乏な国、先に例に出したアジア諸国では各家庭で子供が「泣き叫んで」いますよ(笑)。どこの家にも赤ん坊がいるのが普通の風景だから。子供を理由に入居を断ったりできません。泣き声とか子連れであることを理由に断るほうが非常識なんです。

くだらないコマーシャル作る暇があるなら、そっちから何とかしなさいって。

マウスの実験

若くして何かの仕事で成功するか、周囲の援助でお金を得て結婚した人なら話は別ですが、そんな恵まれた人ばかりではありませんよ。

親がよほどお金持ちで援助を受けれるか、何かでよほど成功してお金持ちにでもなっていない限り、そうそう分譲マンションや一戸建てが買えますか(笑)。社宅や寮、賃貸住宅に住み、周辺との兼ね合いを感じながら生活する人が、ガンガンセックスしてガンガン子供産むなんて妄想です。

マウスとかラット(ネズミのことです。パソコンの話ではありません)の実験で興味深いものがあります。

狭い部屋(空間)でマウスを飼って育てるものと、大きな部屋でマウスを育てて違いを比較し、出生率を比べようというものです。

エサと水は十分に与えます。

比較対象で異なっているのは「部屋の広さ」だけにします。一つのつがい(オスメスペアにしたカップル)には十分な生活空間(広さ)を与え、もう一方には複数のつがいを狭いままで押し込めるのです。

ねずみ算式という表現がありますが、マウスとかラットの繁殖スピードは異様に早いんですよ。生命サイクルが短いので生物学の実験などではよく用いられます。

するとね、どんどん子ネズミは生まれるのですが、一定数を超えると恐ろしいことが起こります。狭い部屋に押し込めていた個体グループが、いきなり共食いをしたり喧嘩を始めるのです。

しばらく前に話題になった詐欺商法で「実験用のラットを育てて一儲けしよう!」ってシステムがあります。

ペットショップの関係者が、もっともらしく「儲かりますよ」と薦めて高額な飼育セットを顧客に販売するものです。「生まれたらウチで買い戻しますよ」「だからあなたは育てるだけ」ってパターンですね(笑)。

そんなに簡単ならなぜそのペットショップで育てないんでしょう?

セットを買った方から「育たない!」といった苦情があったようですが当たり前です。一定のスペースがないと、お互いの個体に強度のストレスが生じるので我慢できなくなって喧嘩、死んでしまうのです。

生物の専門家なら当然知っていますよ。一部のペットショップではそれらについて詳しく知っていながら「お金もうけのために」それらを売り付けていました。

生育条件がそれほど過酷ではないマウスやラットですらその有り様なのです。縄張り争いや意識がありますから。「エサさえ十分なら問題がない」という訳ではありません。

部屋の広さや環境

鶏を飼うブロイラーですら短期間(約数ヶ月)で種鳥は入れ換えになります。

人間には理性があります。道徳や高い知能もあります。ネズミやラットと同じとはいいませんが、いいかえれば、人間も動物には違いないのです。

パーソナルスペースでも書きましたが、人間にも一種の「縄張り」というか、触れて欲しく無い空間があります。

子供を育てるのにはある程度の広さ「生活空間」が必要なんですよ。カップルで暮らすにはいいですが、子供が生まれて生活するとしたらそれまでの住宅環境では無理があります。

後先を何も考えず、環境や状況、不安感を無視して子供だけををバンバン作るような人が増えたら、税収を上げるどころか、国の財政そのものが破綻します。

日本政府にしても欲しいのは安定した税収でしょ?本音を言えば「子供が欲しい」訳ではない。だから小手先のCMとか目先だけしかみてない対応策を次々出すのです。

実際に「子供だけ作ってあとは責任を負わない」親が増えたらどうしますか?国が面倒みれますか?

中国が恐れるのは、まさにそれでしょうね。

それを無視して「強引に数だけ増やそう」と思えば、邪魔になった子供を放置したり、虐めや虐待で殺してしまうような悲惨な出来事も後を絶たなくなります。

少子化に歯止めをかけたい、税収を上げたいとしたら、現在、日本の政府が行っている小手先のコマーシャルや啓蒙活動などでは意味がありません。もっと根本に目を向けなければ。

「日本人はウサギ小屋に住んでいる」といわれて久しいですが、バブルの絶頂期からこれまで、日本人の住宅を取り巻く環境は何も変わっていません。相変わらず、「一部の人間を除いては」ウサギ小屋ですし、アパートや賃貸住宅で生活している人も多いのです。

そういった人たちに何らかの援助や配慮を行わない限り、出生率が上昇し少子化に歯止めがかかるなんてあり得ませんよ。皆、自分達の生活ですら手一杯なんですから。

普通のアパートとかマンションに暮らす人達が、安心して子育てに励める環境とか安全とか支援制度がないなら、出生率が劇的に改善するなんてあり得ません。

「子供を作りましょう」なんてキャンペーンをはるくらいなら、防音設備の整った公共住宅でも建てなさいって(笑)。

「子供の泣き声や子供の足音が響きません」「周辺に気兼ねせずに住めます」「ピアノを弾いても聞こえないくらいの防音性能です」それくらいやったら若い夫婦にも人気が出ます。

その方がよほど「二人目を生む」のにも効果があります。

若い世帯と年配は違う

日本特有の文化というか、特殊な商売に「ラブ・ホテル」っていうのがあります。

アメリカなどだと性行為の様子が筒抜けなんてのもよくありますよ(笑)。アジア諸国でもそうでしょう。自然な営みとして受け入れる例も多いですし、性行為の騒音で苦情になって殺人事件というのはあまり聞かない。

日本人は嫌がりますよ。誰でもやってることですが伏せたり隠したりもする。

ご夫婦とか普通に付き合ってるカップルが隠すのも変ですが、それを冷やかしたり悪く言う人もいますよ。だからラブ・ホテルなどの商売が成り立つのです。

どうせ公共投資や税金を投入するなら、いっそ安くて広い空間を提供する住宅を建てたらどうでしょう?大手ゼネコンを救う意味合いもあって公共工事を次々に発注する例もあります。

景気を刺激しようとする意味もあるんでしょうが、どうせなら国民にもっとメリットのある話にすればどうでしょうか?

私ならまず、特別措置として法律の整備を行い、借地権なしの公共住宅を建設します。その上でバブル期に焦げ付いた不良債権などで塩漬けになっている土地を銀行などから「格安で」買い上げます。

銀行には、バブル当時の大きな責任があるのですから、相手の言い値で買い上げる必要などありません。買い叩けばいいのです(笑)。

ついでに高額な相続税などを支払うことに戸惑い、抵抗のある高額納税者や土地の相続者に「減税を引き換えに」土地の提供を物納で受けます。

それらをとりまとめ、そこに大きなマンションなどを建設するのです。

当然、防音完備ですね(笑)。若い世代を中心に収容します。子育てする意思があること、すでに子供を持っている家庭とか二人目や三人目を望む世帯を中心に賃貸します。

国が大家になる訳ですね。

家賃の急激な下落を招かないように、周辺マンションとの兼ね合いも考えます。一定の条件を設け、それを満たす場合、格安の家賃で入居が可能なようにするのです。

年配の年金生活者や子育てが終わった方々にも別口で入居をして戴きます。年金生活者は賃貸料を一般の入居者よりも更に格安に設定します。その代わりマンションの賃貸料は「年金から天引き」にするのです。と同時に、ボランティアとして若い世代に子育ての指導をしてもらったり、保育所や育児所の運営に携わって戴くことを入居の条件にしてはどうでしょうか?

それならこれからの高齢化社会にも適合できます。子育ての経験のない世代へも指導できるのです。と同時にコミュニティとしての一体感も生まれますから、犯罪の抑止に繋がります。

それなら家賃などが焦げ付くこともないでしょうし、家賃が安いかわりに税収は上がるでしょう。

銀行の不良債権を国民の税金で勝手に肩代わりしていますが、こういった方法なら多少は弱者の救済にもなります。延々と焦げ付いた土地の金利を払い続け、どんどんお金が目減りするのを眺めるよりはよほどいいのではないでしょうか?

国民のコンセサンスを

空港や河口堰、高速道路の建設に反対する市民が多いのは当たり前です。

いくら景気を刺激したりゼネコンを助けるためとはいえ、すでに計画自体が古く過去の遺物となってしまったものや、自分達に何のメリットもないもの、ならびにどう考えても供給過剰で、利益が生じないように見える計画に諸手を上げて賛成する人などいないでしょう。

私ならマンションを円形に並べて建てます。中央に小山や公園を配置し、そこで子供達が安心して遊べるような空間や施設を作ります。その上で、部外者が入り込んで誘拐や子供への悪戯などのトラブルに見舞われないように、自治会などで監視の体制を作ります。

一階にはスーパーやコンビニなどを配置しますが、高齢者にも配慮を行い、電話やファックス、専用端末での注文機(パソコンやデスプレイで商品を選べる)ようにして、マンション内での宅配のシステムを構築します。

そうすれば障害者の方や高齢者の負担は軽くなりますし、主婦や深夜遅くまで働くような人も安心して手ぶらで買い物ができます。

バリアフリーでスロープがあり広い通路が確保できればいいですね。病院や診療所、託児所なども収容できれば、医療費の軽減にも役立つでしょう。

中に病院の施設があれば長い待ち時間が入りません。動けない人は医者が往診するか、検査で必要な施設を使う時だけ時間を決めて伺えばいいのです。

広めの空間があり、お互いがイライラしないですむ状況が公共の力で生み出されるのなら、それにこしたことはありません。

これらは一企業ではできません。「国」や自治体だからこそできるアイディアです。

まあ、この国の政治家がそこまでがんばれるとは思っていませんが(笑)。軟弱で程度の浅い派閥争いしかできない最近の政治家に元から期待などはしていません。

最近の公共工事などの現状をみていて、「もうちょっと何とかならんのかいな?」と思って、こう書きました。

※この文章が最初に書かれたのは1999年です。2006年に各地で起きている幼児や児童の連れ去り事件や外国人労働者による殺人事件などが頻発する遥か以前です。

私は少々ずるいですから、私が政治家ならもう一ひねりして一階に公民館を建てます。

選挙(投票)はそこで行えるようにします。きっと投票率が上がるでしょう。雨にも濡れませんし、通勤の途中でも投票ができますから。

まして自分達の住宅を建てたり、整備するためにがんばった政治家や政党ならそこの住人の評価は高いでしょうね(笑)。大きな団地を建て、生活環境をきちんと整備すればするほど、自分(達)の票(評価)が伸ばせる訳です。安定した票数が読めます。

税収を伸ばし、少子化を解消してゼネコンや銀行に税金を投入しても国民の了承を得るには、そういった方法がいいように思います。

社会保障制度を高めて少子化に歯止めをかけたスウェーデンやデンマークのように、リタイア後も国が生活を保証してくれる制度でもできれば、少しは風向きが変わってくると思うんですけどね?日本だけなんですよ。住宅(賃貸や住宅ローンも含めて)にこんなにお金がかかる国っていうのは。

少子化に歯止めをかけたいのなら住宅環境を整え、社会的な協力体制が必要です。

狭い空間で心理的な圧迫感を受けながらでは、育児に励む人は減りますよ(笑)。

1999年09月15日更新

2006年05月08日改定

                谷口信行

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