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カウンセラーになりたい人のために

2006/05/05改訂
2000/03/15初稿

最近、多い問い合わせ

※この文章が書かれたのは2000年3月です。メールを戴いた方から公開の許可を得ています。メール本文や私の返信には一切、手を加えておりません。ホームページ改訂にあわせて一部加筆修正してあります。

「私は将来、カウンセラーになりたいんです!」といったメールが時折、舞い込みます。

心理学を専攻される方も増えているようですね。時代の背景でしょうか?日本もいずれアメリカなどと同じく、カウンセリングの施設が整うのかも知れませんね。アメリカにおいては精神科医(カウンセリングを専門で行う人)は、弁護士と同等の報酬を得ていて良い弁護士とカウンセラーを持つことは一種のスティタスにもなっています。

日本においては悩みごとを抱えることは「恥だ」といった感覚が根強くあります。これは江戸時代(場合によってはもっと前)から、精神的な疾患を持つ人は家柄とか、血筋に問題がある、などと考える風習が根強くあったためで、だから「バレないようにそれを隠そう」とするからではないでしょうか?

ですから、現在においても表立って医者や専門家に相談に訪れるには抵抗のある人も多いようです。残念ながら場合によっては精神科にかかっている、というだけで、周囲からひどい差別を受ける場合もあります。

そういった状況に陥ると、施設や病院ではなく、殆どは宗教関係や占いなどに相談に行ってしまいます。

これも歴史の背景があるようですが、興味深いのは、日本においては「宗教や占師のほうが」都合がいいのかもしれません。きちんとした医者にかかるより、そちらのほうが気楽だ、という部分もあるようです。

社会状況の変化

社会の変化するスピードが急激に早くなったため、昔のような精神的な疾患、というよりは、生活から生じるストレスや重みに耐切れなくなって、トラブルを引き起こす例も多くなりました。

休憩を挟み、その際にきちんとした対応さえ行えば、容易に社会復帰できる人も多いと思います。

日本人は今だ、欧米とは違い、社会調和を求められ、それに応じる勤勉な人も生真面目な人もまだまだ多いですから、どうしてもストレスを抱え込み易いようです。自分が「我慢しなきゃ!」と思い込んだり、悩み事や精神的なトラブルを抱えるご本人が「平気だ!」と思い込んでいるうちに、話がややこしくなったりもしがちです。

ケースに応じてもっと気軽に相談したり、頼る場所が生まれるといいですね。軽い問題やトラブルを解決するのにも重い問題や状況を考えるにも、全部が同じ場所(精神科や病院)というのはいただけません。

家族の繋がりが希薄になり友人も持ちにくい現代社会において、どこにも相談する場所がないことは苦痛になります。孤独感から何か?(例えばカルト宗教)に取り込まれたり騙されたりもしやすくなります。

孤独で相談する場所のない状況は「どんな人でもいいから、私の話を聞いて欲しい」といった歪みを生んでしまうからです。

返答に困った訳

学生などの若い世代ばかりでなく、年輩の方や、現在何かの職業につき、社会生活を営んでいる人からも、「カウンセラーになりたい」といった内容が届きます。

「誰かの役に立ちたい」

「誰かを助けたい」

その意思や思いは貴いと思います。ただ、その幾つかの中には私が返事に窮する(きゅうする、困る)ものがあります。

送られてくる内容でよくあるものとしては「他人の相談にのってお金がもらえるなんて最高じゃないですか!」などがあります。また「私が(催眠術やカウンセリングなどで)誰かを救ってやるんだ!」とか「私は今、仕事をしていません。自分で何かを始めたいので、催眠術などがいいと思います」などもあります。

ちょっと待って下さい。それはあまりにおかしいと思います。

あなたは「誰かに」救って欲しいですか? 哀れんで欲しい?それでその人は本当に幸せになりますか?

そういった人は自分が無意識に相手を見下ろしていることに気がついていないと思います。

例えばですが、あなたが飲みに行ったとしましょう。あなたが女性でホストクラブにゆくのでも、あなたが男性で女性の勤めるラウンジやキャバクラに飲みに行ったとしても同じです。

いつ飲みに来ても、家庭や仕事場の悩みごとや愚痴しかそこで繰り返さない人が、そのお店で歓迎されたり、大切にされると思いますか?

相手も商売です。多少は受け入れてくれますし理解も示すでしょう。幾ら商売とはいえ常に愚痴ばかり繰り返す暗い人は歓迎はされませんよ。やはりモテる人とか人気のある人はカラッとした性格の人で、他人に痛みを「受け入れてくれ」と迫る人ではないのです。

なかなか存在しない場所

ましてその内容が毎回ヘビーであれば尚更です。そういったお店、つまり「お金を払って遊びにいっている筈の場所」ですら、赤の他人は「聞いてくれ!」と求めても、なかなか受け入れてはもらえません。

お金を払う側からすれば、それは理不尽にも感じます。対価を払いながら自分の話を十分に「聞いてもらえない」「自分が思った返答と違う」と思えば、徹底的に悪く言いたくなったりもします。

飲み屋に限定する必要はないでしょう。それが占い師や宗教団体や会社の上司や部下、カウンセリングを受ける場所とか医療施設でも同じことです。

社会においてはそういった場所(愚痴や悩みごとを一方的に聞いてもらう所)はなかなか存在しません。安らぎや救いが「存在しているように」繕う商売は多々ありますが、現実には極めて少ないでしょう。

他人の悩みや愚痴を聞くことには苦痛が伴うからです。

聞く側も影響を受けて嫌な気分や辛い気分になったり、意識がシンクロして同化するケースもありますから。幾ら仕事だからといってもなかなか割切れはしないのです。

それは私にしても同じことです。相談者の中には夜中に私の携帯電話をガンガン鳴らす人もいましたが、やはりあまり嬉しくはないですよ(笑)。

精神的に落ち込んでしまったり、怨嗟の連鎖に捉まった人は「藁をも」掴みます。(初級のテキストを参照)相手が誰だっていいのです。

ぶつける相手を探しているだけです。

考えてみて下さい。あなたが逆の立場に立てば簡単にわかります。四六時中、いつでもどんな時でも相手の悩みを聞き、相談に向き合うことが可能ですか?それが一人ではなく複数だとしたら?時には疲れることも、嫌になることもありますよ。

「他の仕事より良さそうだから」とか、「他人に感謝されてお金がもらえるから」程度の浅い感覚では、とても勤まりませんよ。

相談の場所は色々でいいと思います

常に相手の悩みと向き合うのは勇気が必要なんですよ。また、本人に何かの方向性を示し、悩みからの脱出方法を考えなければならないなら、いつもただ単純に頷けばいいという訳にはゆきません。

だからといって、相手を叱りつけ「がんばれ!」と励ませばいい、という訳でもないのです。

難しいと思いますよ。もし現在、カウンセリングや悩みごとの相談などの仕事に、何らかの形で関わりながらその内容を「簡単だ」と思い込んでいる人がいるとしたら、かなりごう慢な人でしょう。

こういった仕事を行う私が言うのも変かも知れませんが、はっきり言えば息抜きを行い、自分が気分転換をしたりリラックスできる場所は「どこでもいい」と思います。カウンセラーとか医療施設である必要はない。

例えば恋人に会っていたり、家族や友人と話すことで自分の精神的なバランスがとれるとしたら、それは悪いことではありません。

普段は相談に乗っている側の私ですら、時には友人や知人、恋人や家族に相談に乗ってもらうことはありますよ。常に先生で周囲の相談に乗りっぱなし(笑)ということはないのです。それではバランスがとれません。

私も時には自分を見失います。私をスーパーマンかウルトラマンのように勘違いする人もいますけどね(笑)。どんな人であれ、そんなことはあり得ませんよ。人はどこまでいっても人です。

時折、まるで自分が神のように振る舞う人がいますが、それは商売上のテクニックや作りごとでしょう。そう振る舞ったほうが、信者が集まったりお金を集めるのに都合がいいからそう振る舞うのであって、それは事実ではありません。

例えばですが(私個人はそういった所に出入りしませんが)何かの息抜きや相談の場所は、宗教でも何かの団体、占いやお店であってもいいと思います。

カウンセリングや催眠なども、その範疇の一つに入ると思います。

ただし、その「何か?」に相談に行く際に多大な費用がかかったり、何かを強引に強要されたり、生活の一部、もしくは全てがそのこと中心になってしまい、社会生活や周囲の友人、家族に迷惑をかけたり、多くの人の権利を脅かすものになるなら話は別になります。

カウンセリング、サポートの意味

カウンセリングや誰かの相談にのることはね、はっきりいってしまえば知識、技術、まして資格だけの問題ではないでしょうね。知識、技術、ましてや何かの資格やマニュアルに相手を当てはめることで全てが解決するなら、私が毎回、ウンウン悩みながら相手と向き合うことなどありませんよ。人間はそんなに単純ではないのです。

その人の置かれている立場、状況やケースによって全ての解答は異なってくるのですから。

これは自らの著作の中でも書いた言葉ですが、カウンセリングや相談を受ける側は自分の持っている全ての知識と経験、技術に解答を求めます。

その仕事にかかわる者としての経験だけでなく、自分の生き方や考え方、知識や思いもひっぱりだして、相手と向き合う瞬間があるのです。

私はカウンセリングとは、何かの正解とか解答を「相手に一方的に与えること」だとは思っていません。そんなことにに意味があるのではなく、お互いが一緒に悩み「解決方法や出口はきっとあるんだ」と信じて進むことが、もっとも重要だと思います。

人は皆、寂しいんです。そして誰も一人きりでは生きられません。

時に迷い、悩み苦しみます。その苦しんだ時に、お互いが誰かを支えあっても悪くは無い。元気が無くなった時に何かに頼ることが悪いとも恥だも私は思いません。

ただ、いつまでも頼り切りになって、ずっとすがってしまえばそれはまた新たな問題を生じさせます。

ですから、自分の足で立てるようになるまでサポートすること、また杖に頼り切りになったり、かえって足腰が弱ってその後、自分の足で体重を支えきれなくなったりすることがないようにすること。それがカウンセリングやサポートにおいて、重要なポイントだと考えます。

ある学生の方との受け答え

※許可を戴きましたので、以前にメールで相談して来られた人の一部を紹介します。この内容は学生でこれから留学を考えようとしている方から寄せられた内容です。

これから心理学に興味を持ち、心理学や催眠を学ぼうと考える人の何かの参考になれば幸いです。名前や固有名詞は伏せましたが、他はほぼ原文の通りです。

メールで送られた文章をHTML形式に変更して張り付けています。一部、誤字脱字があったり、改行などが混ざって読みにくい部分があるかも知れませんが、できる限り、原文に手は加えたくないのでそのまま載せます。ご容赦下さい。


最初の相手からの問い合わせ

メールタイトルなし

2000/01/08日

はじめまして。僕は今、18歳で3月に高校を卒業します。

僕は高校を卒業した後にアメリカへの留学を考えています。

ですが、今の僕はまったく勉強に集中する事が出来ずどうにかしなければと悩んでいます。

勉強をしているととほかの事が頭の中にすぐ思い浮かぶのです。僕は、心理学に興味があっていろいろなサイトを調べているうちに偶然このサイトの存在を知りました。

谷口さんが1月から東京へ出張すると書いてありましたので、意を決してメールを書いてみました。もし、今の僕が改善するなら催眠を受けてみたいと思っています。

そしてよろしければ催眠の事について詳しく教えてください。


上記に対する私の答え

タイトルは「意欲と目的について」

2000/01/08日

同様の依頼や問い合わせはよく受けます。私自身、今だに色々な勉強を重ねていますが、意欲満々で常に前向きに取り組んでいる訳ではありません。手を抜いたり、後回しにすることはよくあります。

理由は簡単です。「やらなければならない」事と、「やっておかなければならない」事は別物だからです。

意欲と目的が一致しないと、どうしても手を抜きます。

わかり易く言いますと、宿題や課題、卒論など、絶対にやらなければならない、と期限や期間が限定されていて、「その日」までに行わなければならない、と決まってないと、サボることを意味するんですよ。

やらないと仕事や生活に差し障る事態に陥らない限り、人間、なかなか頑張って何かに取り組もうとはしないのです。

「英会話が『できるようになれれば』いいな〜」と漠然と考える人は、英会話スクールに高額な費用を払うのに、なぜだかそこに熱心に通おうとはしません。

なぜならそこにしっかりした目的意識が欠けていて、意思が固まっておらず「お金さえ払えば何とかなるのかも」といった甘えが存在するからです。

同じ意味で考えれば、語学留学でも同じでしょう。

若い世代にはすぐ、留学、留学、という人がいます。実際には学校からの紹介やテストを受けての正式な留学ではなく、民間の業者が行う旅行のついで、と言うか、遊びに近い感覚での安易な留学のシステムが一般に多いようです。それでは何も身につきませんよ。

それなら遊びと割り切ってあちこち海外に旅行を重ねるほうが、費用もかかりませんし、ショッピングなどの必要にも迫られて、経験を増やせます。

日本で何もできない人が、急に向こうに行ったからといって、何かができる筈もありません。一歩もホームスティ先から出なかったり、日本人ばかりで集まって、何の勉強にも経験にもならないケースも多いのです。まず、留学の前に、あなたがなぜ「留学を行おうと考えたのか?」を整理して下さい。

私は、3年前までパソコンどころか、ワープロも触ったことがありませんでした。大の苦手であり、嫌いでした。今も、あまり得意とは言えません。

ですが、現在、多少は使えるようになりましたし、今ではパソコンを用い自分でホームページを公開しています。それは、自分の仕事や生活に直結していることで、「やっておかなければならない」ことなので、やはり「嫌だから手を抜こう」とはいえない状況にあったからです。

学生の方は、その多くを親の収入に頼っています。

ですから必然的に熱意に欠けます。

それが悪い、とまでは言いませんが、自分の考えを整理し、「留学すれば何ができるのか?」「何がしたいのか?」をもう一度、整理してから取り組まないと、費用と時間が無駄になってしまいますよ。

私に依頼するとすればその後で十分に間に合うでしょう。

内容を整理し、目的意識をはっきりさせられたら、そちらに近付くための努力をしましょう。それなら私でもお手伝いが可能です。

漠然と、ただ「勉強させて欲しい」とか「頭を良くして欲しい」だけでは、幾ら催眠といえど効果は薄くなります。時折、催眠の「専門家」を自称する連中の中には「どんなことも可能だ」と言い張る愚かな人もいるようですが........。

もし、それが本当であるのなら、その人ご本人が、「何でもできるスーパーマン」か超天才でなければなりませんね(笑)。

多少、特殊な勉強を重ね、様々な人生経験こそありますが、私は普通の人ですよ。

若い頃に色々なことが頭に浮かぶのは当たり前です。

息抜きを行い、メリハリをつけて集中力を養いましょう。色々なことを「考える」のが間違いではない。それはどんな人でも当たり前なんですよ。

それが若さであり、可能性なのですから。

雑念も含め、様々なことが頭で思い描けるから、「古い人」つまり、頭が固くなって固定観念に囚われ易い「大人」とは違う、新しい何かを行えるのです。

何かを考えないようにする、とか否定するのはなく、状況に合わせた柔軟さと息抜き、タイミングを捉えることが重要ですよ。

大脳生理学などの照らし合わせた実験などもあります。休憩の取り方や勉強の方法なども、日々、進歩しています。以前は睡眠時間を削ってギュウギュウに頭に覚え込ませることが主流でしたが、今は「いかに記憶の流出を止め、定着率を上げるか?」を考え、勉強の合間に効率良く睡眠や休憩を挟むようになっています。

意外でしょうが、勉強の合間に軽い運動なども入れたほうが、記憶の定着率は上がるのです。

私にお手伝いできることがあればお手伝いします。一緒にやってみましょう。


相手からの答え

タイトルは「留学について」

2000/01/08日

お返事どうもありがとうございました。

意欲と目的についての話はとてもためになる話だと思いました。

僕は、谷口さんにいわれた通りに、何故僕が留学をしようと思ったのかをよく考えてみました。僕は将来カウンセラーのような仕事をしたいと思っています。

理由はいろいろあります。僕には、以前付き合っている人がいたのですが、その人の母親が精神病(詳しくは知りませんが)にかかってしまったのです。

その時、精神科医の所へ行ったのですが、ただ話を聞いて薬(鎮静剤のようなもの)をくれただけでした。

これが毎週続くだけなのです。その日との母親の容体はまったく変わらず何ヶ月もすぎていきました。それが本当の治療なのかもしれませんが、これにはあまりにもひどいと思いました。また、僕の知っている人が精神病でビルから飛び降り自殺をしてしまったのです。その子の親の話では、まったく普通でそのようなそぶりはまったくなかったといっていました。

これらの人だけでなく僕の周りには、多くの悩みを抱えた人がたくさんいます。

そういう人たちの力になりたいというのが僕が、カウンセラーをやりたいと思った動機です。

僕がアメリカに行きたいと思ったのは、アメリカへ行って勉強する事が、自分の夢に向かうために都合がいいと思ったのです。アメリカ留学の利点はいくつかあります。

1.アメリカの学校は教授などの人数が日本と比べると充実している。

2.僕は、コミュニティカレッジという2年制の大学を経てから4年制の大学へ編入しようと思っているので、学校の事を知る余裕がある。

3.アメリカの大学の生徒は学費を自分への投資という考え方をもって勉強している。

(みんながそうであるわけではないと思いますが)僕は、甘い環境に弱いので、勉強をしなければならない環境へ行った方が、誘惑にも乗らずに勉強に身が入ると思ったから。

4.心理学という学問が、日本より発達している。

5.英語を身につけられるから。

このように利点がいっぱいあります。

僕は、自分の学費を自分で払おうと思っています。そのために、留学へ行く予定も一年間遅らせました。母親に借りるお金も絶対に返そうと思っています。

僕には目的意識はあるのではないかと思います。だけど勉強をしていると、ほかの事が気になってしまうのです。これが僕の今の状況です。

どうすればいいでしょうか?

それでは、又。


私からの返答

タイトルはRE「留学について」

2000/01/19日

移動や引っ越しの準備で、メールがなかなか送れなくなっています。申し訳ない。寝る間も惜しんで働いていますが、どうしても物理的に無理があります。

さて、あなたから送られたメールを見て思うことですが、私の元に寄せられる他の若い人からのメールと、殆どが同じです。

「◯◯しようと思っている」といった文面がやたらと目につきます。

意欲と目的について、でも書きましたが、「やらなければならない」ことと、「やりたいこと」とは違います。本当の意味で「やらなければならない」ことは、その人にとってもっとも重要な意味を持ちます。

「◯◯しようと思っている」などといった表現にはならないのですよ。

>僕は、自分の学費を自分で払おうと思っています。

>そのために、留学へ行く予定も一年間遅らせました。

>母親に借りるお金も絶対に返そうと思っています。

私は高校三年間を、奨学金を借り、新聞配達をしながら通った人間です。私が仕事を休んだのは三年間で、修学旅行と大雪で配達が止まった日だけでした。今どき珍しいですし、そんな話、流行りませんけどね(笑)。

私には当時「◯◯しようと思っている」つまり、「母親に借りるお金も絶対に返そうと思っている」などという言葉は許されませんでした。

お金がなかったから。

兄は国立大学の夜間部に通いました。お金での苦労話はいくらでもあります。

順序が逆ですよ。お金を「返そう」ではなく、「絶対にそれができる」と思うのなら、なぜ、ご自分でアルバイトをするなりして費用を溜めてから渡航しようとしないのでしょうか?

それは親に対する甘えではないですか? 「絶対に」それが可能で、あなたの意志が固いなら、幾らでも方法があると思いますよ。

書かれてある殆どの言葉は、どこかから借りてきた言葉か、誰かの受け売りの言葉のようですよ。そして非常に自分に都合がいいです。

アメリカの学校のシステムの素晴らしさがわかり、そこに通うための費用がわかっているなら、今頃はせっせとアルバイトに励むか、奨学生として参加できるように勉強の能力を高め、費用が少しでも安くすむように、推薦状でも書いてもらっているのではないでしょうか?

若い人達からは、あなたのような内容はよく届きます。

みな、一様に「私は絶対に◯◯しようと思っている」などとは言ってきますが、その殆どは長続きしません。自分の意志や努力に根ざすものではなく、カッコだけであったり、ただの憧れ、悪くすれば言い訳であったりもします。

「歌手になりたい」「俳優になりたい」から始まって、様々なことを言ってはきますが、その殆どはそのための努力を怠っているのです。ですから、他人の成功を横から眺めたり、自分に都合の良い部分ばかり取り上げて、「私もああなりたい」と言っているだけなのです。

努力なしで成功する人など存在しませんよ。それを他人に見せるか、見せないかの違いです。

私は収録でタレントさんとも何度かお会いしましたが、皆、影では物凄い努力をされています。

本当に目標が定まり、それに向かっている人なら、他人に相談する暇さえ惜しいのですよ。やることは山積みになっており、それをこなすので精一杯です。

なのに、他のことに気をとられるならば、それはあなたの掲げた目標のどこかに、甘えや思い違い、歪みや手抜きがあるからではないですか?

私が前回、長文の内容を送ったのは、あなたからこのような答えを期待したからではありませんよ。全文をもう一度、よく読み返して下さい。

誰にでも簡単に手に入るものは、誰も憧れたりしません。

「なれる筈がない」

「無理に決まっている」

可能性が薄く、成功できるかどうかわからないものに、挑戦し、成功してこそ、意味はありますし、周囲に凄い!!と言ってもらえるのです。

あなたがより困難に向い、逃げずにまっすぐに挑戦するなら、必ず道は開けるでしょう。

安易な方向を探り、誰かの手助けばかりを考え、それで「絶対に◯◯になる!」「◯◯しようと思っている」というなら、それは決して適うことがありません。

そんな人は社会に掃いて捨てるほどいるからです。

あなたがもし、他人と違う生き方を目指すのであれば、根本から考え直す必要があります。

催眠や心理学にすがるなど、その後でも十分ですよ。

自分が目指そうとする仕事について「僕は将来カウンセラーの『ような』仕事をしたいと思っています」などと書くようでは前途多難です。

「◯◯のような仕事」とはいったいなんでしょう? その言葉は、自分がこれから目指そうという仕事の内容すら把握していないことを指すのではないでしょうか?

「歌手でもタレントでもいい」「とりあえず、テレビに出たい」などという人と、五十歩百歩です。中には「催眠術師でもいいから」などといってくる人もいます。

横から眺めれば簡単に見えます。世の中、そんなに甘くはありませんよ。

あなたが文面の通り、付き合っていた彼女のお母さんを思い、亡くなってしまった友人や知人を本当に思うなら、努力に迷いなどありませんよ。

私の回りには医者も看護婦も、カウンセラーもいます。その殆どの人が、自分に強い意志を持って、努力を重ねている人ばかりです。

他人の悩みと向き合うには勇気がいります、強い意志も勇気も必要です

。自分の勉強や将来ともきちんと向き合えない人が、安易に「カウンセラーになる!」などと言って欲しくはありません。

私の周囲にいる多くは奨学金を借り、それを自分の力で返しながら、実力で患者や相談者と向き合う人々です。あなたにその意志があるなら歓迎しましょう。そうでないなら、安易な言葉は慎んで下さい。今も懸命にがんばる人達に失礼ですよ。

カウンセリングとは、そんなに簡単なものではない。


相手からの返答

タイトルは「もう一回、考えます!」

2000/01/20日

E-mailありがとうございました。僕はメールを読んで自分の考えの安易さを痛いくらい知りました。

それと同時に、本当に努力をしている人たちに対してとても申し訳ないという気持ちが込み上げてきました。僕は自分というものを全然わかってなかったのですね。

今考えると、頑張ってるといってもそれは自分へのいいわけであったような気がします。

谷口さんの言うように、自分に本当の意欲があれば勉強へも、学費を稼ぐのも頑張れるのだと思います。

僕は快適な空間から離れられず、又自分にノーという事が今までまったくできていませんでした。

そんな状態で「勉強に集中したい」などとよく言えたなと、自分の馬鹿さ加減に驚いています。僕はもう一度自分の大学への目的と意欲を改めて考えたいと思います。

そして、留学への計画についても、もっと深く考え直してみたいと思います。

自分の中で考えがまとまったら、E−mailを送りたいと思います。

その時はどうぞ助言があったらお願いします。

これからもどうぞよろしくお願いします。

※この後、何日かは空きます。私からのレシーブは出していません。相手の方から返信があったのは、2月の9日になってからです。


相手からの返信

タイトルは「留学への意欲」

2000/02/09日

お久しぶりです、◯◯です、覚えていますか?

自分の考えていた事をまとめたのでメールを書きました。谷口さんにメールを頂いてから、いろいろな事を考えました。

自分が何を目指しているのか、なぜカウンセラーになりたいと思ったのか、何故留学したいと思ったのか、などを最初から考えてみました。

そうすると、自分の考えに他人への甘えや依存、歪みがあってその時は自分の考えに愕然としました。

そして、もう一度、目的と意欲についてよく考えてみる事にしました。

いろいろ考えてわかったことがあります。まず、僕はカウンセラーになりたいという事です。

よく考えましたが、やはり僕は他人を救うという仕事に魅力を感じます。

人を助ける仕事はほかにもありますが、他人の悩みを医学的、社会福祉的というよりも心理的に助けていく事の出来る点がこの仕事を選んだ理由です。

そして、留学の事です。

留学は僕にとってカウンセラーになる早道であるかはわかりませんが、日本という狭い視野でなく、世界という広い視野をもつことは、今の僕にとって必要であると思います。

また、心理学の先進国としてのアメリカを知る事も、僕の将来に向けてとても有益であると思います。

そして、留学については、金銭的な問題があります。そのことも、考えてみました。

今の僕に出来る事といえばやはり勉強する事しかないなと思います。

なぜかというと、僕は来年の9月に留学をしたいと思っているのですが、TOEFLという英語の結果がよければ、さっさと入学願書を提出して早くバイトに専念できるし、学校が決まれが奨学金への望みも開けるからです。

こうしてよく考えてみると、最終的にはやはり勉強をする事が、カウンセラーになるためにしなければならない事なのだなと思いました。

だから、今は、最初に谷口さんにメールを出したときよりは机に向かう態度が変わった(もちろんよくなりました)と思っています。

ただ、まだ僕には問題があるのです。

僕は、カウンセラーになるという事を意識しているときには、勉強に集中する事が出来るのですが、時間が経つにつれほかの事が頭に浮かんでしまうのです。

そして、どんなにくだらない事でも意識してしまって頭から離れないのです。

これも、まだ目的意識が欠けていたり、自分の留学への意志が弱いために生じるとなのでしょうか?いろいろお忙しいとは思いますが、どうぞよろしくお願いします。


私からの返答

タイトルはRE「留学への意欲」

2000/02/13日

返事が遅れて申し訳ありません。今、東京への引っ越しの準備に追われています。

>まず、僕はカウンセラーになりたいという事です。

>よく考えましたが、やはり僕は他人を救うという仕事に魅力を感じます。

あなたは、基本的に勘違いされていますね。そういった甘い感覚を持つ限り、絶対にカウンセラーなどになれないでしょう(笑)。

カウンセリングを志す者が、「他人を救う」などと考えてはなりません。それは傲慢な考え方なのです。

あなたは、誰かに「救って」欲しいですか? 誰かがあなたに温かに手を差し伸べてくれるとして、その際に相手があなたに対し「コイツを俺が救ってやるんだ!!」などと少しでも考えていたら、嬉しいでしょうか?

そんなことを喜ぶ人はいませんよ。

その考え方は一部、傲慢な勧誘を繰り返す新興宗教とも重なります。

医者もカウンセリングを行う者も思いは一つです。

一人でも多くの人に「助かって欲しい」「楽になって欲しい」という願い。祈りにも近いでしょう。

ですが、「私が救ってやるんだ!」などと思い込んで、日々の業務をこなす人は少数でしょう。職業上の倫理や、理想、志(こころざし)は、もっと高い所にあります。そういったただの思い込みや一時の感情では続かないのです。

実際にその職業に携わる者にとって、毎日は戦いです。自らの生活も支えないといけない。理想だけではなく、金銭も関わってきます。

>人を助ける仕事はほかにもありますが、他人の悩みを医学的、社会福祉的というよりも心理的に助けていく事の出来る点がこの仕事を選んだ理由です。

それなら、なぜ、ボランティアになりませんか?

十分、他人を心理的に助ける仕事になりますよ。私も時々やっています。現実を知り、自分のごう慢さを押さえられるからです。

例えばですが、このメールの受け答えもそうです。私とは見ず知らずで何の所縁も利益もない相手に、なぜ、自分の貴重な時間を割いて、延々と受け答えをしますか?

当然、それらは無償であり、お金は受け取っていませんよ。メールを送ってくる人は多数で、私は一人です。睡眠時間すらなくなることがあります。

あなたは、自分は相手から「職業として」お金を受け取り、その上、「(私がお前を)助けてやってるんだ」といった感覚まで、依頼者に持て、というのでしょうか?

本当の意味で「他人を救う仕事がしたい」「それが私の理念だ!」などと考えるのならば、お金を受け取ってはなりません。そういった感覚が嫌いなんですよ、私は。お金を受け取った上に感謝や尊敬まで集めたい、などと考えること事体が、傲慢で愚かしいことです。

私は、多少は誰かの力にはなっていますが、相手を「救ってあげたい」などといった感覚を持とうとはしませんよ。ですから常に私は「自分を先生とは呼ばないで」相手に告げるのです。

何かの仕事で急ぎの際、タクシーの運転手さんに「感謝する」ことはあります。その方が親切で丁寧なら尚更です。医者もカウンセラーも同じでなければなりません。

どんな職業においても「先生として崇めろ!」とか「俺が助けてやったんだ!」などと相手が思うなら、必要とされないでしょう。

私は、職業としてこの道を志し、自分にできる「何か?」を求める一人の人間として、自分にできることをするだけです。

>留学は僕にとってカウンセラーになる早道であるかはわかりませんが、日本という狭い視野でなく、世界という広い視野をもつことは、今の僕にとって必要であると思います。

>また、心理学の先進国としてのアメリカを知る事も、僕の将来に向けてとても有益であると思います。

最近は若い世代にカウンセラーや心理学に興味を持つ人が増えています。宇多田ヒカルさんなどもコロンビア大学の心理学のコースを選択されるようですね。ダニエルキースとの対談なども話題になりました。

本人にやる気があり、そちらに行くだけの能力があるなら賛成です。ですが、ただ単に「カッコいいから」とか「そっちが良さそうだから」などで行った所で意味などありませんよ。お金と時間の無駄です。

私は仕事柄、留学していた友人や知り合いが何人もいます。イタリアやヨーロッパ、アメリカや中国に何年も留学していた知り合いが何人もいるのです。

「モノになっている」奴は殆どいませんよ(笑)。理由は簡単です。自国ですら勉強できない奴が、急に環境だけ変わった所で何の努力もしないからです。

「何年、海外にいた」ことを自慢するだけの嫌な奴になってしまい、周囲に相手にされない人も数多くいます。

幕末の時代、坂本竜馬は自分で英語を勉強したそうです。その力で貿易を行い倒幕の資金を稼ぎました。英語に関する教師も教本も、まったくなかった時代です。

どこにいても、本人の意思さえあれば何とかできます。今は便利な時代で、居ながらにして何でもすぐに手に入るのですから。

>ただ、まだ僕には問題があるのです。

>僕は、カウンセラーになるという事を意識しているときには、勉強に集中する事が出来るのですが、時間が経つにつれほかの事が頭に浮かんでしまうのです。

>そして、どんなにくだらない事でも意識してしまって頭から離れないのです。

カウンセリングは技術ではありません。どんなに高い技術とテクニックがあろうと、向き合い、考えるのは人間ですよ。

ろくな人生経験もなく、経歴や学歴、留学経験やテクニックばかり誇る愚かな人に、いったい、誰が何を相談しますか?

催眠のホームページや先生(と呼ばれたがる人)にも時々ありますが、それは勘違いです。

あなたが本当の意味でカウンセリングや他人の悩みを聞き、少しでも誰かの力になりたいと望むなら、多くの経験を持ちなさい。頭でっかちな知識ばかりの人でなく、多くの人々の思いを受け止めて前に進めるような努力をすることです。

甘ったれてはダメですよ。

私は、あなたに催眠をかけて勉強させるようなことはしません。私が現在も苦痛を感じながらも懸命に勉強を重ねるように、あなたもまた、自分の努力で克服する必要があるのです。

あなたの現在の苦労や苦痛こそが、将来、他人に関わる際に力となり、あなたを助ける筈です。

最後に、あなたにお薦めの本を教えましょう。

「ローラ、叫んでごらん!」という本があります。

アメリカでベストセラーになった本です。日本ではサイマル文庫、という出版社から出ていましたが、倒産して絶版になっています。国会図書館か、古本屋で当たって下さい。

この本が、私のカウンセリングの原点です。物事の本質が見えます。

見終わったら、感想でも下さい。

この本を読んで、自分がいかに恵まれた環境にあるのか、自覚して下さい。

私達には、自分で努力し、叶えるための時間と身体が備わっています。それを知れば、自然に努力などできます。それでできない人は、最初からカウンセリングなどできません。

カウンセラーになってからでも、苦痛は多く、報われないことも多いのですから。

私は今も、苦痛に堪え、多くの隠れた努力を重ねています。


相手からの返答

タイトルは「意欲」

2000/02/15日

こんにちは。忙しいのに申し訳ありません、またメールを送らせていただきます。

谷口さんに頂いたメールを頂いて考えた事を書きます。

この間、谷口さんにメールを頂いた時、最初は、人を救うという事の何が悪いのだろうかと思いました。

しかし、よ〜く考えてみると、その考え(自分の)について悪い点が浮かんできました。

僕は、何とかして人の役に立ちたい(人を救いたい)と考えていました。

しかしそのように考える事が逆に、自分の知識や能力で物事を解決しようとして相手の気持ちを全く無視して一方的に物事を考えるだけになってしまう事に気づきました。

それに、谷口さんにいわれたように他人を救いたいというなら、無償の奉仕でなくてはなりません。

自己本位な考え方をもっていてカウンセラーになりたいといった僕はダメ人間ですね。m( )m

しっかり反省して、もっとしっかりした考えを持てるような大人になるために日々精進したいと思います。

そして、勉強の事です。

メールを頂いて気づいたことがあります。

僕が最初に谷口さんにメールを出した時、僕は催眠をかけて頂いて勉強をするための動機付けをして欲しいと考えていました。(この時はお金を出してでも勉強さえ出来るようになればいいと考えていました、本当に申し訳ありません)

しかし、たとえその催眠が成功したとしても、僕自身の乗り越えるべき壁を乗り越えずにいたら、僕自身はきっと成長せずにそのまま大人になって、甘ったれた事を考えていたと思います。

自分の意志を鍛えるのは自分自身しかないのだと思います。

楽なほうに向いていく自分に、NOということが自分の意志を鍛えていくのだと今ではそう考えています。

>あなたの現在の苦労や苦痛こそが、将来、他人に関わる際に力となり、あなたを助けるはずです。

といわれてそう感じました。

本当にありがとうございます、谷口さんには心から感謝しています。

今、僕は、谷口さんにメールを出して本当によかったなと思っています(お世辞じゃないですよ)。そして、他の人に出していたら今頃どうなってただろうかと思うとぞっとします(笑えません)。

これから、僕はもっと自分に厳しくして、集中して勉強する事が出来るようになるために頑張ります。

そして、もっと自分の事を見詰め直して、自分のこれからについてよく考えたいと思います。

それでは失礼します。◯◯◯◯

追伸:谷口さんご推薦の「ローラ、叫んでごらん」という本ですが、今月の二十日に講談社から出版されるらしいので、すぐに買って読みたいと思います。


私からの返答

RE「意欲」

2000/02/17日

あなたもいずれ、気がつくでしょう。

他人が、他人にできることの少なさに。

どんなに大切に思おうと、どんなに心配し、何とかしてあげたい、と望もうと、その通りに行かなかったり、思ったような結果に終わらないことはよくあります。

私がカウンセラーを目指そうと考える人に「相手を救う、と思ってはならない」と言うのはね、その思い込むことで、相手(相談者や患者、過去や現在に何らかのトラブルを抱える人)を見下ろすような感覚が身につくからです。

そのごう慢さは、とても危険なのですよ。少なくとも専門知識を持ち、そういった正解の「専門家」や「先生」となった人間が、周囲にそういったごう慢さを押し付ける時、社会には大きな混乱やトラブルを招きます。

◯◯医大の◯◯「先生」、という人が、どういったトラブルを起こしたかわかりますか? 「私が患者を救ってやるんだ!」「私がこの病気についてはもっともよくわかっている!!」といいながら、問題の多かった製剤を使い続け、多くの危険性や問題性に目を瞑り、多くのエイズ患者をつくり出してしまいました。

被害者は堪りませんよ。あなたが当事者であれば、どう思われるでしょう?

どんなに助けてあげたい、と望み、懸命に行おうとうまくいかない場合があります。

特にカウンセリングの場合、「私が」、つまりカウンセリングを行うものが「救う」のではなく、ご本人の意思や考え方、その方向性が、自分自身を救ったり、苦しめることになるからです。

これは私の本にも書きましたが、カウンセリングを行おうとする者が相手を「救う」とか、「助けてやってるんだ!」などといった感覚を持つ場合、相手は無条件にすがってきます。

自分に都合のよい答えを与えてくれる医師やカウンセラーを求め、あちこちを彷徨う(さまよう)ことにもなりかねないのです。

それは本当に救いなのでしょうか?

そういった感覚が、多くのカルト、いかがわしい集団などの住処、温床をつくり出しているのではないでしょうか?

「お金さえ払えば、何だって解決しますよ」と告げるのは簡単です。

ただ、そういったことを相手に告げる多くは、それを自分自身が信用してはおらず、ただのお金儲けとして相手を利用しようとしているに過ぎないのです。

カウンセリングには多くの苦痛を伴います。自分の過去の思いや苦しみ、悲しみを引き出しからあけて、相手の持つ苦しみと照らし合わせ、何とか解決の糸口がないか、探すようなものだからです。

真面目にやればやるほど、儲かりませんし(笑)悩むのですよ。

精神科の医師や、外科手術を行う医師で、「腕がいい」「優しいし丁寧だ」といわれる人ほど、後で深酒してしまったり、私生活で無茶な遊びをする例が多いのはね、それだけ、苦痛もあるんですよ。精神的なバランスがとれないのです。

私も御多分に漏れません。飲みに行けばバカもしますし、ついつい、深酒になることもあります。なのに、人は私の一部分だけを見て「いい仕事ですね」とか「人を救える仕事を私もしたいです」などと言ってきます。

反対に、普段の苦痛から逃れ、飲みに行ったり、バカをやってストレスを発散させている部分だけを見て「あんな人だとは思わなかった」とも言われるのです。

タレントさんや番組関係者などには多かったですね(笑)。私は常に先生として、隙なく身構えていなければならないのでしょうか?

仕事として関わっていれば、救いたい、とこちらが望んでもかなわない場合が多々あります。救うことのみを目的として何かに関わるなら、救えなかった時に多大なショックを受けます。

私だって、傷付くのですよ。人間なのですから。

カウンセリングや医療に関わる人で、本当に相手を思う人の多くは傷付き易い部分を持っています。自分が傷付き易く、悲しさや苦しみを知っているからこそ、そのプレッシャーと向き合い、少しでも自分にできることがないか、探すのです。

もう一度、繰り返しますが、他人が他人にできることはかなり少ないのです。どんなに「救いたい」と願い、どんなに努力し、願おうとかなわない思いもあります。

他人が他人にできることは少ないのですが、それでもできることがあります。その「少ない」たった少しの触れあいや思いやりの中に、相手を救ったり、悲しみや苦痛から逃れる何かがあることもまた事実なのです。

私は巷にはびこる安易な「癒し」とか「救い」という言葉が大嫌いです。ですから、私のホームページや著作にはそういった言葉が一切書いてありません。

癒しも救いも、その人の中にあります。何かのテクニックや肩書き、思いや考え、方法や方向を押し付けるのではなく、ただ、引き出し、聞いてあげ、手伝ってあげる必要があります。

時には怒り、時には励まします。場合によっては一緒に泣いてあげる必要もあるかも知れません。

忘れてはならないのは、相手を癒すのはテクニックなどではなく、相手を思う気持ち、相手を理解しようと勤める些細な、でも忘れてはならない懸命な姿勢なのです。

他人にできることは少ないが、それでも、「何かができる筈だ!!」と信じて、懸命に何かに取り組むなら、きっとそこには何かの答えがある筈です。

ps.

本についての情報に感謝します。

今度の更新でホームページ上で紹介します。もし、許可をいただけるのであれば、◯◯さんとのメールの受け答えの一部も、抜粋して用いさせて下さい。今後、カウンセラーを目指す方などへの参考にもなるでしょうから。

今回の受け答えを見れば、あなたが聡明な人であるとわかります。通常は(私の返事に対し)怒ってメールに返事を書かなかったり、勘違いして見当違いな返事が返ってきたりもします。

あなたはやはり、そういった職業につくべき人でしょう。初心を忘れず、自分にできる部分から努力を重ねて下さい。


相手からの返答

タイトルは「他人が、他人にできる事の少なさ」

2000/02/18日

お返事どうもありがとうございました。

メールを読んでとても感動しました。

その事について思った事を書きました、忙しいとは思いますがどうぞ読んで下さい。

「他人が、他人にできる事の少なさ」という言葉にとても考えさせられます。

以前に、メールにも書きましたが、付き合っていた子のお母さんが精神病にかかっていると告白されたときでも、僕にはどうしてあげる事もできませんでした。

できる事といえば、その子の事を励ましたり精神病について自分の知っていることを教えてあげる事ぐらいでした。

その時に、自分の無力さを感じた事を覚えています。

人は無力です、しかし人はそれを認めようとはしません。

それが僕のように軽々しく”人を救う”と言えるような人をつくってしまうのだなと思います。

僕はこれから自分が無力であるという事をどこかで考えながら、ものごとに接していきたいと思っています。

もう一つ考えたことがあります。

それは、人と接する事もカウンセリングも、もしかすると感情ではなく知性で接する事が必要なのかもしれないという事です。

例えばですが、自分が他人に傷つけられたとき「あなたの事が気に入らない」と文句を言うことがあります。ただこれは、思考によって得られた表現ではなく、感情で得られた表現なのです。

このような感情表現でものごとを捉える事は、相互理解を深めるどころか大切なものを引き裂きかねないと思います。

こう考えると感情というのはとても、自己本位な考え方(自分の事ばかりを考えるから)であるようにおもえます。

僕が”人を救いたい”といったのも、感情的に考えたからだと思います。

もしかしたら、当たり前の事なのかもしれませんが、どう思いますか?

もし、気づいた点があったらまた教えて下さい。お願いします。

> 今度の更新でホームページ上で紹介します。もし、許可をいただけるのであれば、◯◯さんとのメールの受け答えの一部も、抜粋して用いさせて下さい。今後、カウンセラーを目指す方などへの参考にもなるでしょうから。

喜んで!。僕が、もし谷口さんと出会う前にこのような内容の事(谷口さんに頂いたメールの事です)をみていたら、きっと感動していたと思います。

> 今回の受け答えを見れば、あなたが聡明な人であるとわかります。通常は(私の返事に対し)怒ってメールに返事を書かなかったり、勘違いして見当違いな返事が返ってきたりもします。> あなたはやはり、そういった職業につくべき人でしょう。初心を忘れず、自分にできる部分から努力を重ねて下さい。

すごいうれしいです。こ

れから勉強をしていく上での自信になります。

本当にありがとうございます。◯◯◯◯


若さは可能性です

私と彼とのこのやり取りを読んで、あなたはどう感じられたでしょうか?

私が彼からのメールに熱心に答えたのは、彼には若さと可能性があるからです。確かに一部は非常にひひとりよがりで、自分勝手であり親や社会に甘えた部分もあります。

ですが、それは私が若い頃にも同じように周囲に振りまき、迷惑をかけてしまった部分ではないでしょうか? 私と同じ世代や年上の方は、若い世代に憤る(いきどおる)前に、当時を振り返って下さい。

後半に書かれている彼の一言に、私は期待します。

「僕はこれから自分が無力であるという事をどこかで考えながら、ものごとに接していきたいと思っています」

人は皆、無力です。個人にできることなどたかが知れています。

ただ、その無力な人間が精一杯の努力、自分の思いと優しさで、誰かに思いやりを持てる時、何かが変わる瞬間もあるのではないでしょうか?

幼い部分、拙い文章もありますが、私は彼の言葉に若さと可能性、私にはないまぶしさを感じます。

あなたの夢に、一歩でも近付けるよう、願っています。

※文中に出てくる「ローラ!叫んでごらん!」は素晴らしい本です。よろしければ読んでみてください。出版社が倒産してしまったので復刻されるとは思いもよりませんでした。

この受け答えが行われたのは2000年です。当時、仕事が忙しくなった為に東京に引っ越す前の内容ですね。

今は関西(三ノ宮)在住です。

2000年03月15日初稿

2006年05月05日修正、加筆

                 谷口信行

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