洗脳を解く方法について
2006/01/29改訂
1998/09/01初稿
洗脳について
最近、またマインドコントロールとか「洗脳」という言葉が、巷を賑わしています。そういった騒動が起こる都度、ウチのヒット数が急激にあがります(笑)。気分としては複雑ですね。
アクセスログを調べてみればYahoo!やGoogleのキャッシュ、掲示板の過去ログなどでこのコーナーがひっかかっているらしく、何か問題が生じるたびに見に来る人が増えるようです。
心理学や催眠に興味を持ってもらえるのは嬉しいのですが、できることなら色眼鏡でとかおかしな方向で見て欲しくはないですね。このホームページの運営は1997年に開始、そういった騒動が起こる前からやっていてトラブルの予防のための警告や注意も何度も何度も繰り返して載せています。
何か事件が起きる都度、急激にヒット数が上がることが良いか悪いかは別として、洗脳や取り込みなどの手法、トラブルにどのような方法があるのかの解説とその解き方についてここで簡単に紹介しましょう。
洗脳には大きく分けて二つのパターンがあります。
否定型(自己否定、環境否定を含む)
これは個人の生き方、つまりこれまでの生活や仕事、価値観について一度徹底的に壊し、自我が崩壊した後のいわるゆる間隙、頭がボーッとしたり価値観を喪失した瞬間に新たな思想、これまでとは異なった主義や思考を植え込む方法です。
別名では「ゲシュタルト崩壊」とも言いますね。これは成熟した大人には極めて有効な方法です。いわば、「頭の固い大人向け」ですね(笑)。
社会的に成功していたり地位や名声があったり、財産、資産、金銭的に恵まれている人でもひっかかります。むしろ成功者で自分の背景、バックボーンや学歴、名声に誇りや自負を持つからこそ有効な方法、行われる手法だと捉えていいでしょう。
なぐさめ型(社会正義、平和を訴えるも含む)
先にあげた否定型が過去に得た名声や肩書き、ご本人の努力を徹底して否定する事で精神の崩壊を目指すものならこちらはいわば肯定型です。要するに「わかるよ、辛かったね」とか「ここにはあなたの居場所があります」「家族より私達のほうがわかってあげられます」社会や環境のために「一緒にがんばりましょう!」などと励ますことで取り込む方法です。
困ったことにこの手法は一部の平和団体を誹謗する連中にも広がっています。若者を中心に勢力を拡大しようとしていますが、献金や募金として集められた資金は本当に困っている方々には届いていません。一部の幹部が遊興費に使ったり、自分達が私腹を肥やすのに用いる、どこかに送金するのに使っています。
この方法はどこか純粋な部分を持つ者、どこか頼り気の無さそうで自信の無さそうな若者、都会で孤独に苛まれがちな人達、女性など独身者に多く用いられる方法です。
実際には両者の複合型が多いですね。単純にどちらか一方の手法を使う事は少なく、最初に「あなたは間違っている!!」とやられるか、「わかるよ。私(だけ)があなたを理解できる」とやられるかの違いです。
どちらの順番が先になっても後になっても同じです。前提としてあるのは洗脳者達の思惑だけです。「あなた」を思って何かを行っているフリはしますが、本心はそうではありません。薄汚い魂胆があるだけです。
いずれ相手は参加者に何らかのリスクや犠牲を押し付けるようになるでしょう。利益を提出しろ、財産を挿し出せ、我々にただ黙って従って何もかも言いなりになれ、と強行に望むようになります。
取り込む方法は様々にある
これは洗脳とはちょっと違う話なのですが、私が催眠の施術や指導を行っていても時々「俺は催眠などにはかからない。意志が固いから」などといわれる人が現れます。
不思議なことに男女、年齢、性別、職種は問わず、その仕事に携わっている私の目の前でそういった主張を始める人達がいます。
そう主張している彼らはこれまでにそういったモノ(催眠、洗脳、取り込みの手法、詐偽等)に一切、触れた事も学んだ事もない人達なのです。なのになぜだか「自分だけは大丈夫!」と何の根拠もなく思い込んでいる例が多々あることですね(笑)。これには笑ってしまいます。
実際の話、催眠誘導に成功するかどうかは相手の意志が固いかどうかなんて関係ありません。詐偽とか実演販売などでも同じですよ。大切なのは「相手の意識をひきつける」ことです。話を聞かせる、相手の足を止めさせる事、会場に足を運ばせることが第一歩でしょう。意思が固いからとか本人が何を信じているかなどまったく関係ないのです。
繰り返しますが、施術や誘導を行う場合、相手が「催眠を信じているかどうか?」などあまり関係ありません。少なくとも私はそう思っています。一瞬の間隙(かんげき)と言うか心の緩み(ゆるみ)を捉えられるかどうかが肝心で「私は信じていない!」などまったく意味がないのです。
他の催眠を教えている先生とか施術を売りにしている団体の中には「催眠を信じないとダメだ!!」と高圧的に迫る人も数多くいますけどね(笑)。現実には催眠とは銘打たないだけで、催眠(療法)や心理学の応用、形を変えただけで導入されているものは数多くあります。相手が信じていないと効果がないなら、あんなものに多額の費用はかけない。CMや看板、イベント用の宣伝なども同様ですよ。
消費者金融業者が、外でビラ配ったりティッシュ配る手法も心理学の応用です。「あの程度で何が出来る!」とタカを括っていたテレビ業界関係者や銀行は今ごろになって慌てて同じ手法を取り入れつつあります。実際に人は動くのです。
「信じていないから、俺は絶対に騙されない」などと言ってる人は御注意下さい。
取り込む手法は様々に存在するからです。
プロでなければ難しい
騙されない人には騙されないだけの理由があります。
例えば詐欺に合いそうになったとします。その商品についての十分な経験や知識があると、「そんないいかげんな商品はいらない!!」ときっぱりと断われます。ところが、その商品についての知識がなく、相手が専門知識が豊富でそれらしい「常識」を振りかざし高圧的に迫ったり、周囲にサクラの一人でもいて追従する人が何人かいればコロッと騙されてしまいます(笑)。
これは過去の心理学の実験、再現で(アイヒマン実験などを参照)何度も実証されています。人間の心は特定の条件では誘導に弱いのです。群衆心理、群れからもはみ出す事も厭います。集団生活の中で和を保つことや、集団の意を組んでそれに従うことは、そもそも人に備わった能力でもあるのです。
誰かに簡単に騙されない人とは、結局は自分が興味がある内容については詳しく勉強され、複数の人間の意見も取り入れて誰かに相談する姿勢を持つ事、その上で自分が納得しない商品や情報は「はっきりと断われるだけの」知識と勇気を持っている人です。
要するに餅は餅屋ですから(笑)。これは私がセールスをやってた頃からの口癖なんですが、餅をつくのは素人でもできる。ところが専門家が作ったものはやはり出来上がりが違う。専門であるからこそのノウハウであり知識であり経験です。それを付け焼き刃の者が真似たり、知ったかぶった所で追いつける筈がない。相手はそのことばかりをずっとやっているのですから。
一番騙され易いのは自信満々に見え、態度が尊大で他人の言葉に耳を貸さない者です(笑)。尊大な態度とは裏腹に実際には相談する場所や友人を持たず、中途半端に知識を知っているだけの人です。社交性に欠けていたり、お山の大将で狭い世界であぐらを掻いているタイプがこれに当たります。
そういった人は他人を見下ろす習慣が付いています。また欲に囚われて自分に入ってくる実入りばかりを数えます。ですから、その「欲」とか習慣、尊大さを利用されるのです。
聞き齧った程度の知識、週刊誌や雑誌、本を何冊か読んだ、ネットや掲示板で知識を漁った程度でよく他人を批判している人がいますが、専門家が本気になれば太刀打ちできません。騙すプロや取り込むプロ、特定の技術に関しては異様に詳しい者もいます。その「筋」で食っている者は素人など鼻で笑いますよ。
騙されないために一番必要なのはその道のプロの話を「複数」聞く事です。単独はダメですよ(笑)。その人が詐欺師だったり、悪い人ならその時点で騙されますから。保険なら保険の専門の方に交通事故なら交通事故の専門の方に、薦められた商品や内容に詳しい人間に「複数」相談して、そのご自分の意思で選択することこそが吉なのです。
私の過去の経験から言えば「俺は騙されない」などと根拠もなしに思っている人ほど、実際には何らかの不安や悩み、恐怖を抱えている場合が多いですね。傲慢で尊大に見えますが、そんな人ほど騙す側にとってはやり易いでしょう(笑)。
そういった人の前なら、私ならわざと失敗します。そこを相手に突かせて「いやー、流石によく御存じですね」「やっぱり○○さんは凄いです!」とおだてればいいんですから(笑)。
すぐひっかかりますよ。
危険が「ある」ことを知って行動すること
普通に考えればわかりますが、「私は騙されやすいかもしれない」と考える人は安易に危険には近づきません。普段の生活において用心もします(笑)。強盗にも強姦にも遭わないと思い込んでいるから高額な商品(バックや時計、宝石)を身に付けてチャラチャラ歩けますし、薄暗い夜道を歩くのです。ニューヨークや中国の貧民街を歩いてごらんなさい。
瞬間で身ぐるみ剥がれますよ。金目の物を奪われるだけで済めばいいですが、命まで落とす可能性もあります。家まで着いてきて家族を脅されたらどうしますか?
空き巣にあっても泥棒にあっても同じです。危険があることを理解せず、「ウチには関係ないんだ」と思っていた人ほど、その被害は大きくなります。
警戒心が足りない割に金や物はひけらかす。多くのものは持ち歩くし地位や財産の自慢話が多いのに自衛は行っていない。そういった日本人はたくさんいるんですよ。なぜか「自分達だけは襲われない」と思い込んでいます。
頭が固く、他人をすぐ否定して自分のキャリアや生き方に自信満々である人ほど崩しやすいんですよ。逆にそこが崩されれば立ち直れませんから。
一見、難しそうに見えるんですけどね(笑)。意外かも知れませんがどんなに素晴らしい経歴を持ち、周囲に尊敬され、また恵まれた環境にあるように見えても、コンプレックスを持たない人間はいません。
もしそれで悩みごとや苦しみがなくなるなら、(社会的には)成功を納めている筈の人が自殺したりはしませんよ(笑)。
人気絶頂で自殺する作家や作曲家、画家やタレントの例もあります。会社の経営者や跡継ぎ、一般の方より遥かに裕福で幸せそうに見える人でもそういった例はあります。
人間である限りは必ず悩み事はあります。人間である限り感情の行き違いや苦しみはあるのです。違う生き方に憧れがあったり、今とは違う望みがあったり、それぞれにコンプレックスはあるのですよ。環境や資産、お金の額で全てが決まってしまうのではありません。
言い換えるならば、だからこそ狙われるのです。
貧乏人は「洗脳に遭わない」のではありません(笑)。狙うメリットが少ないと思われているだけ。相手の思惑に見合う何かを持っていれば誰でもターゲットになり得ます。デート商法などでは若い女性や男性にローンを組ませて商品を買わせる例もあります。
待ち構えていて行われること
強引な商法や「洗脳」を行う側は他人の心理の裏側を探します。相手のコンプレックスの部分、悩み事や苦しみを見つけてそれを利用して相手の気持ちを引きつけようとします。
会場にサクラを配置していたり、事前に探偵などを雇って下調べをしている例、先に会員となった友人や知人、ご家族から弱みを聞き出している例も多数あります。
そこの部分を逆手にとり「あなたは自分を偉い人だと思っていますね? その歳にもなって自惚れている事がわからないなんて恥ずかしい人ですね」などととやられる訳です。
一部の宗教団体、カルト系などでも勧誘で盛んに使っていますが、初対面の人間や「ちょっと覗いてみるだけ」のつもりで参加した人間にきつい一発があります。軽い気持ちで参加した側からすれば、そんな言葉(中傷や罵倒)を面と向かって投げ付けてくる人間がいるとは思わないのですよ。
相手が一人なら否定できますが、集団でやられるとどうしても影響を受けます。
よくわかっていない人もいるでしょうが、言葉は(他人に対し)強い影響力を持ちます。どんなに話を聞かないし気にしないつもりでいても、耳に入ってきてしまうとどこかで精神に干渉力を持ちます。
否定しながらも一部を受け入れてしまったり、嫌な感覚に囚われたり、反対に嬉しい場合もあります。それが集団でとか長時間に及べば尚更です。
私のような専門で知識を持っている者でもそんな集会に混ざればショックもうけますし、一つ間違えれば取り込まれる可能性はあります。
場合によっては数日で別人ですよ。一種の集団ヒステリーのような状況におかれ、長時間に渡って自分自身や家族、仕事を否定されたり何らかの精神的なプレッシャーを与え続けられた場合、それから逆らえたり逃れられる人間は極めて少数なのです。
相手のテリトリーに迂闊(うかつ)に近寄らないこと
こういった洗脳を行おうとする人間は、下調べをよくやっています。
対象者(取り込もうと考えるターゲット)の家族構成やどういった悩みを抱えているか、事前に深く調べている事が多いのです。本人は「たまたま」遊びに行ったつもりでしょうが、向こうは手ぐすね引いて待っている訳です。
会場には「サクラ」がいるケースが多いですね。周囲の何人かが最初からグルなんです。
「お前は最低だ、家族を苦しめている!」などとけちょんけちょんに悪口を言って相手をけなす役と、対象者を「この人はそんな人ではありません!!」などと庇う役に分かれます。茶番なんですよ(笑)。それを仲裁者、だいたいにおいてその会の主催者や占い師(?)なるものがしゃしゃり出てきて「まあまあ、落ち着きなさい」などと言い出すのです。
重要な役割を担うのは「遊びにきて下さい」と対象者を誘った人間ですね。これが誘い役であり庇い(かばい)役です。その友人や知人か会合に常駐している「専門の連中」が悪口を言い募って扇動役を勤めます。両方とも馴合いです。
実際にはそれ以外にも何人かが会場に配置されており、筋書き通りに話を運び、そのうちに司会者(誘導者、または運営者や主催者側の人間)に同調して行きます。
一種のショック療法のような物です。固定観念を持ちすでに何がしかの地位や立場、環境を手に入れた人間にとって、新しい考え方や価値観を手に入れることは難しくなるのです。
ですから、その対象者が持っている固定観念を壊さねばなりません。
そこで扇動者はその人が大切に思ってきた物、例えば地位や学歴、仕事におけるやりがいや過去のトロフィー(栄光)などを、それこそ「けちょんけちょん」にこき下ろす訳ですね(笑)。心理学の手法として元からあるものなんですよ。
別に今始まった手法ではありません。
大きな顔をして「私は独自の能力開発をやってます」などと言ってる連中のが数多く存在しますが、何十年も前からある方法を焼き直しているに過ぎないのです。
昔からある知識
朝日新聞社から絶版になった本で「心のプリズム」という本があります。初版はすでに30年以上(初版は1972年です)も前の本です。当時の記者たちが日本のその後を当時予測した本です。
面白い本ですね。当時の新聞記者にはこんなに硬派な人たちがおり、独自できちんと取材をしていたのかと思うと感動します。
今の警察発表を垂れ流しにする記者や、事実をまったく取材をせず先入観だけの記事を乗せている現代のマスコミ諸氏には見習って欲しい物です。
※絶版になっていますが国会図書館などで閲覧することが可能です。なぜか過去にこのホームページ上で紹介した本が次々に復刻しています。復刻版には肝心の記述の幾つかが削られています。完全な別物と考えてください。
インパクトがあるのは脳内ホルモンに関する記載ですね。当時、薬品の開発をやっていたチームが感情を左右する物質を発見した時、「我々は核兵器以上の危険なものを発見したのではないか?」と脅える話も納められています。興味がある方は読んでください。
その古い記述の中に、すでにちゃーんと「能力開発セミナー」に関する記述がありますよ。現在、あちこちで行われている内容と殆ど変わっていません。
勘違いして彼らを崇める人達は目を覚まして下さいね。どんなに「ウチは凄い方法を行っている!」などと自称していても、昔からある極めて古い方法でもっともらしく洗脳を行っているだけです。能力を開発するどころか、自分に都合の良いように相手を操り、お金や何かの報酬や利益を得ようとしているだけの場合もあります。
元々そういった技術や知識は自らの古い固定概念を打ち破り、新しい考え方や製品開発、意欲を刺激するために必要な方法だったのですが、如何せん、幾ら素晴らしい意図や目的を持って開発されたり発展した技術、知識でも間に関わってくるのは人間です。
神様は人を騙しませんし利用しませんが、人間は違います。どんなに素晴らしい思想や宗教、技術や知識であっても、そこに人間が介在する限り歪みが生じ易いのです。
そういった人達(セミナーを開設している、私は良く当たる占い師だ)の言葉を神の言葉だとか絶対者の言葉だとは思わないで下さい。人間は神ではありません。人間は知名度があがったり組織が大きくなるにつれ歪みを生じさせることはよくあります。私はこれまでにそういった例を数多く見てきました。
あまりに常識や環境からズレた教えは社会ルールからは逸れます。誰かに犠牲を強いて教祖や一部の人間だけが潤ったり、贅沢をするならそれは搾取とか詐偽と呼ばれる行為です。
そいつらがどんなに「愛」だの「宇宙正義」だの社会平和を説いた所で、やっている事がその程度ならそれは正しいことではありませんよ。
ゲシュタルト崩壊が都合がいい理由について
先に上げた、「ゲシュタルト崩壊」いわゆるショック療法が、あちこちで行われる洗脳においてはかなりの比率を持ちます。それは頭が固く、人間を信じにくく「他人には騙されない」と思っている人間に、有効だからです。
そういった感覚を強く持つ人ほど、取り込めばしっかりと取り込まれます。入会させてしまえばなかなか辞めようとはしません。そこでそういった方法が横行するのです。
洗脳を行う側にすれば、理由は幾つかしかありません。
1.お金儲け
2.他人を操ることに幸福感を覚える、異性目当て
3.自分の宗教、思想を世の中に広める
殆どは1の「お金儲け」のためです。本気で社会正義や愛、平和を考えて実践している所は少ないでしょう。そのような内容をもっともらしく宣伝していても、相手が後で求めてくるものをみれば簡単にわかることです。
現代において新興宗教などで教祖まがいの振る舞いをする人が、イエス・キリストのように荒野に居出て、人の幸せを願って生きる道を説き、自分は汚い格好を厭わず「施しをしなさい」といって財産を求めず、周囲分け与えているのを私はみたことがありません。
マザー・テレサかマハトマ・ガンジーくらいのものですよ。
自分は高級車を乗り回し、豪邸に住んでステーキをたらふく食って太り、愛人を囲って別荘を買いコンドミニアムを利用します。それがただの「お金儲け」とか仕事で得た金なら別に文句は言いませんよ。好きにすればいいでしょう。ですが、信者を食い物にしたり子供達を犠牲にした上での「浄財」とか詐偽で成り立った献金、嘘偽りを並べて脅し取ったものなら許してはなりません。
彼らは信者や参加者には多くの犠牲や提出を求めますが、自分は「選ばれた存在だから」とか何とか理由をくっつけて何も失おうとはしないのです。
インチキですよ(笑)。財産を奪うことが目的です。
本当に現世において「お金や資産、財産が」修業や社会平和、社会「愛」なるものの妨げになるのなら、彼らが真っ先に全てを投げ捨てなければならないでしょう。
内容には矛盾があります
そういった団体(カルトや宗教団体、一部の能力開発セミナー、占い師など)は「お金を捨てなさい!!」「持ってはいけない!!」などとと強要はしますが、本当にどこかに全部捨ててしまうと入会できません(笑)。困っている人に施しをしたとか、学校を建てる、全てを親族や老人ホームに分け与えてしまった場合、勧誘がピタリと止みます。
理由は簡単で「自分達の実入りがない」から。
不況で仕事を失った方が路上生活するようになっていますが、連中の言い分が本当にその通りなら、そういった方々は真っ先に入会すべき資格を持っています。
「社会平和」だとか「宇宙正義」「愛」だのを訴える能力開発セミナーなり、宗教団体なりは仕事を失った人達を積極的に受け入れていますか?一緒に生活し、勉強することで立ち直って「社会を平和にするためにがんばりましょう」といっている所を私は見たことがありません。
修業のため、煩悩を捨てて悟りを開くために「お金を捨てろ!」「地位が邪魔だ!」「財産はいらない!」とおかしな連中は煽ります。もしその教義が本音ならば、路上生活者はもっとも彼らの教えに近づいた存在の筈なのです。彼等のそのごもっともで立派な建て前、「教義や思想」が多く人を救うならば、現在、そういった厳しい環境にあり、救いを欲している人たちに何もしないのはなぜ何でしょう?
結局は「施しを行い、行って困っている人を助けなさい」とはいう団体はありません。そう繕うことや、そういった内容を誹謗する所はありますが実際には、「現世において悟りを開くのに、お金が邪魔になるから私に寄越しなさい」という人ばかりなのですよ(笑)。
この人達にとって、思想や主義を育てることはあまり意味を持ちません。
本音は「私たちのために働け!」「私たち(場合によっては私のみ)のために金を貢げ!」「崇めろ、拝め!何も考えるな!」だけなのです。
自分に都合の良い感覚ばかりを押しつけ、自分(達)の言いなりになる人を求めます。
頭が邪魔なんです。判断能力や思考能力を奪いたいのです。都合のいいロボットを求めているだけで主義思想、誰かを救ったり助けたりすることは二の次三の次どころか、頭の片隅にもないでしょう。
本当に弱者の救済を行うなら認めますよ
ですから結果として頭が固く、お金を持っている人ばかりを勧誘し洗脳しようとするのです。ゲシュタルト崩壊などの手法は、そういった目的に近付くためにもっとも効率がいいのです。
私はどんな団体であれ、病人や子供また弱い立場にある人を救うために活動を行い、がんばっているならば認めたいと思います。
自分達の組織を大きくするためにのみお金を集め、勧誘を行い、周囲に何かを押し付けるならば、それはただのお金儲けです。宗教でも思想でもなく、株式会社か商取引で別にいいでしょう。基本になっている考えが「自分達(の集団)さえよければ」何をやってもいいでは話にもなりません。思い通りにならないと他人を迫害するようになってしまう。
自分達の考えや思想を貫くことこそが目的で、その目的の過程には何を犠牲にしても構わない、といった傲慢さを滲ませるならばカルトです。そういった主張が社会に受け入れられることなどあり得ないでしょう。
金儲けのためだけになりふり構わない、というのも一つの生き方でしょう。その全てを否定するつもりはありません。ただしそれならば人々の救済や悩み事の解消、救いを看板にしてはならない。愛だの社会正義、社会平和だなどをもっともらしく説くのはルール違反だと思いますよ。
私はそのようなことを他人に押し付ける人や、そのような「異常者」を崇めたり妄信している人達は頭の足りない愚か者だと思っています。そこに愛など存在しません。ごう慢で自己中心的な思い込みが存在するだけでしょう。
私は、何かを拝むより努力します。崇めるよりも働きます。自分の頭で考え自分の手足を使って動きます。それだけの能力を人は最初から与えられているのですから......。
言葉は悪いですけどね。大勢を悲しませたりお年寄りや子供達、障害者や社会的な弱者を食い物にする団体、多くが傷付く教義や思想など「糞喰らえ!」です。私は絶対に認めない。
どんな立派な建物だろうとどんな大きな団体で在ろうとそこには何の意味も持ちません。神だろうと悪魔だろうと住むのは建物の中ではなく「人の心の中」です。彼らの言うどんな素晴らしい教義も表面だけを取り繕ったものです。
それは偽善者や詐欺師が自分をもっともらしく見せるために着飾ったただのがらくたです。人間の本質、神と言う存在はそんなものではない。それらは本当の意味での「救い」「神」や「愛」とは対極にあるものでしょう。運命とは自ら切り開く意思に与えられる道筋です。
教義とか救い、愛とか正義とかはそのようなものでは決してありません。彼等のようなごう慢で愚かな行いや考え方は、社会が決して認めてはならないものです。
励ましが必要になってしまう瞬間
人間は弱い生き物です。
先にも少し触れましたが、人間は集団でしか生活が出来ません。群れの中にあってこそ自分の個性を発揮できます。ですが集団で生活していれば、そこには他人との生活や触れあいも含んでいますから楽しいことばかりではなく、苦痛やトラブルも抱え込んでしまいます。
集団での生活があれば、当然、そこには勝ち負けが存在します。群れのリーダーに立つ者と従う者とに選別されるでしょう。
先に、騙されない人は「複数の人間の意見も取り入れて誰かに相談する姿勢を持つ事、その上で自分が納得しない商品や情報は、はっきりと断われるだけの知識と勇気を持っている人」
と書きましたが、それはリーダーとしての資質にも含まれます。皆がなれる訳ではない。
常に何かに勝ち続けることは至難の業であり、自分が「今は」勝者であろうとも、そこには常に「負けるかもしれない」といった恐怖が付きまといます。
真面目な人であればある程、がんばって仕事を行ったり懸命に「何か?」に走り続けている人であればあるほど「自分が失敗した」もしくは「負けたかもしれない」と考える瞬間があるんですよ。それがまったくないという人は人間として持っていて当然の感情の一部をどこかに置き忘れてしまっただけの人で、決して頭角は現さないでしょう(笑)。ただの自惚れです。
何かの失敗やトラブルは生活には付き物です。不安感があるからこそ努力も重ねるし、専門家や周辺から話も聞きます。それでも決断は本人が行うしかない。人間が集団で生活する動物である限り、全てを丸く納めうまく行うことは不可能なのです。どこかで躓き(つまずき)やぶつかりは生じる。
どこかで問題は生じます。精神的に不安定になったり不安になったり、何らかの大きなトラブルが生じた場合、そこに「わかるよ、たいへんだったね」といった誰かのねぎらいの言葉が必要になります。心のバランスをとるために他者の手を煩らわせる必要も出てくるのです。
通常、そういった温かい言葉は家族や友人、恋人などが投げかける言葉でしょうね。
ところが、そういった関係に恵まれず独りきりで無理を重ねていたり、家庭や職場、学校に自分の居場所がないと感じていたり、たまたま何かの会合や集会に参加していた場合、労い(ねぎらい)の言葉を第三者から投げかけられることで、簡単に取り込まれてしまうケースがあります。
取り込まれてしまう「瞬間」
著名人やタレントさん、事業で成功した人の中にはこういった方法で取り込まれるケースがかなりあります。
本来、こういった労い(ねぎらい)の言葉は両親や友人、家族や恋人、いわゆる「近親者」が行ってこそ意味があります。それ以外の人はおまけなんですよ(笑)。ですが、たまたま周囲が忙しいとか他の何かに気を取られたり、何らかの理由で近親者に近付けない状況にあり「孤独感」を対象者が抱えている場合、他人が行っても高い効果があります。
ゲシュタルト崩壊が頑固者で事業の成功者に効くといいましたが、この肯定型は「素直で子供っぽい」部分を持つ人、孤独感や寂しさを抱えている人には極めて有効な方法です。
わかり易く例えるならば恋愛に失敗した直後、家に一人でいるのは嫌ですよね?しばらく泣いたり落ち込んだ後、どこかに出かけたくなったとします。どこかのバーとか合コンなどに行って、普段はまったく好きでもないタイプの相手に「わかるよ。私にも経験がある。大変だったね」などと言われると相手をいい人だと思い込んでしまい、何となくつき合う事になってしまうような物ですね(笑)。
この手法は子供の頃親からの愛情を受け取るのに失敗し、「俺は孤独だ」「私は寂しいの」などが口癖で、他人に対し理解と愛情を求める人にはとても効果があります。
ただし、この方法を用いる場合タイミングを見計らうのが難しいんですよ。
愛情に餓えている人は他人を疑いがちです。心の扉は近親者を含めてなかなか簡単に開きません。よくて肉体関係のある恋人や何年も前から付き合いのある同性です。外の「誰か?」には容易に心を許さないのが特徴なんです。
本人にすれば親や近親者、つまり「自分を理解して欲しいと願う者」からの温かい励ましの言葉を待っていただけなのです。誰でもいいから「慰めて欲しい」のとは異なる。「僕に同情をして欲しい」のではなく「僕を理解して欲しい」のであって第三者では意味がないのです。
能力が高い(だからこそ地位や名声、財産を手にしている)ことも特徴です。ですから一種の心の隙間、間隙(かんげき)が必要です。隙間が開いてない人の場合、どんな言葉も耳に入りません。一種の「おためごかし」や「いつものお世辞」追従にしか聞こえず、もっと孤独感に苛まれ(さいなまれ)ます。
困るのはこういったケースでは、洗脳者が一旦対象者の懐に入り込んでしまうと他からの言葉に一切、耳を貸さなくなるケースが多いということですね。自分が一番励まして欲しかった対応が近親者からは無く、「俺は助けてもらえなかった」というマイナスの思いがある分だけ、その思いは根深いのです。
私のような専門でやってる者からみれば、その人(素晴らしいアドバイスをくれたと対象者が思っている人)は「たまたま」そのタイミングでその場に居たに過ぎません。ですがその人にとっては、そういった軽い存在ではなくなるのです。
そのうち「この人のおかげでここまでこられたんだ!」と言い始めます。何かがちょっと上向くと「全ては◯◯先生のおかげです!」とか言い始めます。
実際には違うんですけどね(笑)
私も仕事柄、そういったことを言われることがあって苦笑いします。
一般の方には恋愛に例えるとよくわかると思いますが、「この人がいなければ、私はダメになる」「この人がいたから楽になれた」などと熱く語る女性や男性は世間に結構いますよね(笑)。特にご本人がその人にハマっている時とかのぼせている間は聞く耳を持ちません。
どう考えても不幸になる、他からみて異様な関係だったり不倫だったり、ただ単に都合のいい女、便利な男扱いされていてもご本人は気がつきません。むしろ止めに入る人達を邪魔に思いますし意図を邪推します。心配してちょっかいをかけると「この人(達)は、私を羨んでいるんだ!」とか「何か魂胆があるに違いない!」などとおっしゃる例も数多くあります。
仕事においても恋愛においても「その人のおかげ」は無いんですよ。本来はそうではなく、その人と出会ったタイミングやその時の心の持ち様、ご本人の立場や環境、心に負う所が多いのです。そう感じてしまう一瞬があるのです。
その「たまたま」与えられた言葉や対応が本人にすれば嬉しかったため、そこにしがみついてしまうのですね。感情が高ぶってしまい冷静に考えられなくなるのです。
相手と別れたり付き合いが途切れた後では笑ってしまうことが多いんですけどね(笑)。「私はなんであの人にあんなに夢中だったんだろ?」と思うことも多いです。ところがその時は本気です。真剣に考えていて「この人がいなくては私はダメだったんだ」と真摯に思い込んでしまいます。
私はその全てがダメだとは私は思っていません。恋愛も含めて人付き合いの多くは誤解と錯覚、思い込みと偶然で出来ています。どんな始まりも出会いもきっかけには違いない。その全てを否定してしまうのは哀しいですし悔しいです。その後で良い出会いや関係を紡げることもあります。
運良くその相手が良い人であった場合は良き隣人、良き友人、仲のいい恋人になれますし、また師匠と弟子、指導者と教えを請う立場、共に仕事や勉強に励んだりそれぞれに励ましたり応援しながら道を歩けます。そういった形で始まるお付き合いや友情もあり、私はその全てを否定しません。
不幸なのは、相手が良い人ではない場合ですね。
世の中そんなに良い人ばかりではありませんから.........。特定の意図を持って相手を下調べしたり、悪意を持って近づく例もあります。いかがわしい団体だったり、他人を利用することで組織の拡大を謀ったり誰かを騙す行為を繰り返す個人もあります。
相手の地位や財産、知名度や背景、若さとか純粋さ、身体(?)目当てに虎視眈々(こしたんたん、意味は辞書で調べて下さい)と誰かを狙っている人もいます。
反対に辿る必要があります
洗脳を解くには対象者に洗脳に使われた(取り込まれた)パターンを今度はこちらがうまく使う必要があります。感情的になって泣き叫んではなりません。
まず相手(洗脳を行う者、団体、グループ)と引き離し、本人の意思や考え方に余計な知識や情報が流入するのを止めます。これは絶対に必要な手順でもっとも重要なポイントです。ここの部分に失敗して相手との接触が絶えない場合、洗脳を解くのはまず無理だと思ってください。
その後で家族や友人などとの結び付きを強化し、相手より自分達のほうが「彼を理解できる」ことを教える必要があるのです。ご家族や友人が先に取り込まれている場合、解除は尚更難しくなってくるでしょう。過去に何度か経験がありますが至難を極めます。
先に上げた否定型なぐさめ型、両者に共通するのは「周囲からの孤立感」です。
現実問題としては否定型でがっちり取り込まれたケースの方が洗脳を解くのは難しいでしょう。元々の性格とか考え方が自信満々で自意識過剰な方ほど、しっかりと取り込まれますから。身ぐるみ剥がれて裸で放り出されてからやっと気付く例も多いのです。
相手が使った手法を推測し、手遅れにならないうちに環境を整備します。対象者は所属する団体やグループ、個人からの言葉だけを信用し、疑心暗鬼に陥って他人を受け入れない状態になっていますから、まず相手に都合の良い情報を吹き込む連中を「遮断する」ことから始めてください。
その上でその集団の実態や被害の実情を探し、ピンポイントで対象者に晒し(さらし)ます。一気に叩きつけてはなりません。強引に事実を突き付けることで対象者の「目を覚まさせよう」と考えるのはタブーです。
タイミングと情報提供の場を幾つかに分けるのです。なぜなら、相手(取り込んだ側)も偶然を装い、何度もそういった手法を用いて徐々に信用させているのです。対象者の心の内部に入り込み信用を取り付けているのは何度も接触を持ち、何度も集会屋旅行(?)会合に参加させることで複合的に相手に受け入れさせています。
人間が「一気に」受け取れる情報はそんなに多くありません。分割して与えそれなりの手順を踏む必要があるのです。
ゲシュタルト崩壊にような強引な手法ではなく、寂しさや哀しさから「自分をわかって欲しい」と思う気持ちから何かに取り込まれた人も初期の対応は同じです。
ともかく相手との接触を絶つこと。家族旅行や友達との宿泊、他の世界へ連れ出す方法も有効です。ともかく物理的に接触を絶つ方法から考えます。一旦相手と距離を置かせ、時間を置いてご本人の中にある「心の自浄作用」を利用することです。すると、うまく目が覚めるケースがあります。
焦りは禁物ですよ
何度も書きますが、もっとも大切なのは洗脳者(煽動者、執拗な勧誘を行う者を含む)から対象者の物理的、心理的な「距離」を引き離し、そういった集団や思想に影響されないようにすること、接触を持たせない環境を故意に作り上げることです。
影響が遠のくまでたった一度でも接触を持たせてはなりません。一瞬で元に戻る可能性があるからです。甘く考えたり安易に捉えてはなりません。相手は過去からそういったトラブルを何度も繰り返し、それなりの悪意、手法や手段を身に付けた連中ですから。
反対に言えば、こちら(家族や友人、解除を行う者)が完全に対象者を取り戻しさえすれば、そういった団体にまた接触を持たれても問題にならないようにできる可能性を示唆(しさ)します。
おかしな集団や個人との接触を断ち、テレビや何かを読むなど普通の生活については全て自由にさせます。周囲はそのこと(洗脳者や対象者が取り込まれていた団体)については一切触れません。
難しいのはね、相手(洗脳者)の影響が遠のくまで、否定も肯定もしてはダメだ、ということです。否定も肯定も一種の誘惑であり感情の起伏を生みます。両者は対象者の中で激しい感情の対立を招きます。
反射的に遮断している環境から逃げ出して施設に舞い戻る、といった激しい行動をとりかねません。
電話での連絡もいけません。そういった団体などの関連の書物(写真)なども持ち込ませない方がいいでしょう。テレビや新聞、週刊誌はOKと書きましたが、そういった人達の報道が繰り返されている場合、教祖や洗脳者の映像、写真等は見せないほうがいいでしょう。
対象者がどうしてもそれらを手放さないケース(教祖の写真を持ち歩く、象徴となるバッチや会員証を手放さない)などもありますから、どこかに遊びに連れていってしばらく接触を持てない状況に持ち込むなど自然でしょう。置いてゆかせることです。
私が担当したケースでは、(ご家族の了承を得てですが)あまりに過激な反応が多く、リストカットや自殺の可能性すらあったため、一時的に眠ってもらって影響が遠のいてから目を覚ますなどの手法を用いたことがあります。
睡眠は大切ですよ。自分の考えや思考を取り戻すために必要な時間だからです。
そういった団体に取り込まれた人の多くは長期に渡る睡眠不足に追い込まれ、その後で不自然な暗示、教育を行われ、自我を喪失している例があります。
家族(社会)との接点、繋がりを回復する
最初はまったく自分の思考や考えを失っていますが、時間をおけば少しずつ自分を取り戻すようになってきます。後は時間を置きながら昔あった出来事などを話し、家族との思いで話や学校での出来事などを話します。決して施設や宗教の話、取り込まれていた時の話をしないようにします。
状況が落ち着いてきてから、現状(その団体についてやこれまでの経緯)を話すことです。焦って相手の悪口を繰り返したり、強引に聞き分けさせようと迫る、まして殴りつけるとか暴力的になるのは完全に逆効果です。相手(洗脳者)の言い分を強化する結果を招きます。
「止めさせなければ!」と強引に関係を断ったり、すでに判っている状況を対象者に繰り返し説明するのではなく、タイミングを見計らなければなりません。
洗脳を受けた者は近親者には憎しみの感情が高ぶり易いんです。また洗脳を行う人間はあえて、そのような誘導を行う場合が多い。身内と「切り離す」こと、つまり社会との繋がりを断ち切り、自分たちの言葉にしか耳をかさない環境を作り出すことが洗脳の第一歩なのですから。
身内を信じ誰かの話を聞いている限り洗脳には成功しにくい。自分達の思い通りにはなりません。だからこそ、あえて切り離そうとするのです。
そういった行為が発覚する殆どは周辺住人やご家族、友人、取り込まれそうになった方々の通報です。ご本人からの要請ではないことを十分に理解されてください。
家族や社会との接点を失っており、自分の居場所がないと感じている。自分を理解してくれるのは「この人達だけだ」と思い込んでおり、彼らの中にいることこそが正義だと感じる。そうなっている訳ですから、他にも自分の居場所があったり、必要とする人達、家族や友人、仲間がいることを意図的に働きかけ理解させる必要が出てくるのです。
これはいずこも同じですが、そういった団体はまず家族や友人との繋がりの切り崩しを計ってきます。新興宗教がトラブルを起こす場合には、家族ぐるみで一気にコントロールを受けるケースがあります。
若い人なら家族の言うことをまったく聞かなくなって、一人きりでその団体や個人に傾倒するケースが多いでしょう。そのどちらも社会との接点が保てなくなるのです。
取り戻してからも大切です
洗脳などのターゲットになった人、どこかの団体に取り込まれそうになった人は「一番、理解して欲しかった人」に対し過剰な感情のぶつかりを生じさせます。
孤独感から取り込まれるケースが往々にしてあります。家族や友人、知人との繋がりが保てず、そういった団体の中に自分の居場所を見い出してしまう場合もあります。何かの事故というか、突発的な出来事で取り込まれた人は洗脳が解けた時点で心配ありませんが、そういった「家族、友人との繋がりがない」人はその後のメンテナンスをしっかりしないと容易に元に戻ってしまいます。
取り戻すまでも大切ですが、取り戻してからの環境整備もとても大切なんですよ。
洗脳を「受けた」ことも問題ですが、「そちらに行かなければならなかった」人達はその根本の部分、居場所や環境の整備が重要になってきます。家族や友人も含めて考えてきちんと対応を協議しないと、またどこかに流れていってしまいます。
一旦、洗脳を受けた人がまたどこかに所属する例が多いのは、それだけ環境の整備や周囲の協力が不可欠なことを指します。ご本人も「抜けたい」ですが、他に居場所がないならまた別の何かに所属するほうが楽になってしまうでしょう。
ご家族や友人、知人がまったくいなくて天涯孤独、誰にも迷惑もかけないし、財産もお金も無い、だから「俺には関係ない」「そんな連中、どうなろうと知ったことか!」は違います。縁もゆかりもなく他人のお子さんとか自分とは接点のない人なら、放っておいても大丈夫かといえばそうではありません。
詐偽を行う者は詐偽の手先を育てます。団体が大きくなると社会により多大な迷惑をかけるようになるんですよ。
ご本人に悪意がなくとも周辺住人や周囲にご迷惑となったり、他のご家族や会社で同僚を執拗に勧誘したりトラブルを拡大することもあります。日本においてはこれまでそういったものが野放し状態でしたが、そろそろ法整備や配慮が必要になったのかもしれないですね。特定の個人とか誰かの家庭の問題ではなく社会全体に留意が求められています。
「時間がない」とか「仕事が忙しい」だけではなく、せめてご家族や親しい友人、恋人や自分のパートナーのためには時間を割きましょう。
その時間を惜しむことは、巡り巡って社会全体の悪化を招きます。洗脳やおかしな行為を行うものがもっとも必要とするのは、社会の無関心なのです。
周辺との繋がりを無視して時間を割かず、話し合いの機会や時間を持たないことが結局はあなたご自身やあなたのご家族、大切な人に多大なトラブルを運んでくる可能性がありますのでご注意下さい。
手順の確認と整理
洗脳の解除に必要な手順、順番を整理すると、
1.相手(洗脳者、団体の主催者)を責めない、悪くいわない
直接的に相手を表現するとかえって悪化します。特に初期の頃はダメです。どんなに腹が立っても理不尽だと思っても相手(洗脳者)の影響が遠退くまでは悪く言ってはいけません。
それが事実あっても感情的に伝えてはダメなんです。ある領域までコントロールが進んでしまうと正邪とか善悪の区別はつきません。善悪は社会常識からくる推論です。一方の側面では正義にみえても他方からみえば悪に思えてしますこともよりあります。例えばアメリカが正義で民主主義万歳!と叫ぶ人達が自国や自分達の正義を信じています。ですが、彼らがイラクや北朝鮮に行ってそう主張すれば、現地の人達にあっさり受け入れられるとは限らない。
正義とか守りたいものとかは、個人や地域性や育った環境、受け入れる宗教や思想によって異なる。要するにそれぞれにおける主観的なものなのです。
常識とか正義とかは育った環境、取り巻く状況、受けた教育で異なります。ですからご本人が新しい環境に馴染むまでは正義も悪もありませんよ。それを悪く言い続けることはこれまでの自分の努力、育った環境、取り組んだ仕事の全てを否定されることに繋がってしまいますから。苦痛なんです。
洗脳や特殊な環境に置かれる時間が長かった人ほど注意が必要です。
いっそ「相手(洗脳者)に直接会いに行こう!」とか「文句を言ってやる!」もだめですよ。対象者の目の前でそれを暴けば、「洗脳が解けるだろう!」は漫画やドラマの見過ぎ。
相手は集団で待ちかまえていますから危険です。わざと宗教関連施設で傷害事件を引き起こして親御さんや恋人に示談を持ちかけ、対象者を手離さない事例もあります。
また「相手を誉めよう」も駄目です。それは相手の言い分を肯定する形になります。専門家なら肯定から徐々に否定を引き出す手法も使えますが、素人がやっては取り返しのつかない結末を招くでしょう。
状況が落ち着くまでは明言を避け、否定、肯定の「両方を」しないことです。
2.感情的にならない
どんなに相手(洗脳に遭った対象者、この場合は息子、兄弟、ご家族、恋人など)を思っていても、感情的になって過去を持ち出したり、相手に強引に返答(改宗や棄教、脱会)を迫ったりしてはなりません。特に母親などに多いですが「元のあなたに戻って!」などと泣き叫ぶなどは厳禁です。
それは「本当の自分を理解してくれなかった」と思っている人(洗脳を受けた対象者)に対しては、「お前が間違っているんだ!」と罵ったり責めているのと同じ行為になってしまいますから.......。
洗脳を行う者はそれを予測して先回りしているケースが多いでしょう。「それはご家族が悪魔に取り憑かれていたり本当の事、真理(イデオロギーも同じ)や事実を知らないからです」と事前に吹き込まれてしまっているケースも多いんですよ。
そこを責めれば相手の思う壺です。感情的になるのはよくありません。下手をすれば家から出ていってしまい、そのまま帰って来なくなります。
感情をぶつける機会は後に出て来ます。影響が遠のけばむしろ積極的にご家族や兄弟、恋人の感情が「要る」のです。ただし、そこに辿り着く前に行えば状況を更に悪化させます。
先に何度も行ってしまえば、インパクトはなくなります。ご家族や恋人が怒っても泣いても「またか!」といった反応しか起こさなくなります。近親者やご家族の感情は対象者を取り戻す強力な武器なのですが、状況によってはむしろ洗脳者の後押しになりかねません。
ですからTPOを考えてタイミングを計る必要があります。
3.環境を整え、自分の考えを整理し、本人に考える時間と余裕を与える
洗脳の特徴は「自分で物事を考えないこと」です。他人(洗脳者)の言うがままになってしまうと、自分の思考がなくなります。
ただ、ご本人にすれば、「これは俺の考えなんだ」と指導者や先生(と自分で言っている人間)の言葉を鵜呑みにして繰り返すようになっています。他人の考えに無意識に従ってしまうこと、自分の考えではなく他人の思惑でしか動作しなくなることを「洗脳」と呼びます。
ですから、自分で考える環境を作り他人からの思考や指示の流入を防ぐ必要があります。
これが本当に難しいんですよね。本人は連絡を取ろうとしますし、集会に参加しようと求めますから。ご家族や友人、パートナーや恋人に「一度集会に参加すればわかる。きっとあなたにも理解できるから!」と執拗に誘う例も多いのです。
せめて電話連絡だけはさせて欲しい、と頼んだり、手紙やメールだけは送っていいか?お世話になった人や面倒をみてくれた人が(会に)いるから無下に断ることはできないなど、様々な言い訳が付きます。
それを許すと瞬間で元に戻ります。本当に難しいのです。自我とか自意識、自分の判断能力が回復する前にそういった連中と接触を持たせると、善意を装った内容で簡単に取り戻されてしまいます。居場所を教えると家まで集団で押しかけてきますよ。
そこをグッと堪え何らかの方法で一定時期遮断に成功すると、自分自身の持つ自浄作用もあって徐々に(本当に少しずつですが)自分の考えが覗くようになります。
そのきっかけさえ捉えれば、後は何とかなります。
先に上げた否定型(ゲシュタルト崩壊)などのケースにおいては近親者(家族)が取り込まれている場合があります。その場合は一度、どちらも引き離す必要があります。
二人以上で洗脳を受けた場合、ある程度の洗脳を解いてから一緒に行動しないとお互いがお互いの影響を受けてなかなか洗脳が解けません。洗脳の解除は単独で行うことが基本です。相互作用で干渉し合いますから........。洗脳が一旦解け、再度入会したり入信したり、取り込まれないためには被害者同士で話し合う方法も有効ですが、この時点では得策ではありません。
一定のレベルまで影響がなくなると、「どうしてあんなことを受け入れ、当たり前のように私達は言っていたんだろう?」と首をかしげるようになります。
これ以外にも洗脳に使われるパターンは幾つかがあり、薬物や色彩反応、音声信号などを用いるケースもあります。幸い、日本においてはそこまで行っている人間(団体、集団)は少ない模様です。(ただし、まったくないのではありません。ご注意ください)
※それらの方法については詳しくは書きません。予防のために書いた内容が誤って、おかしな方向に使われることを防ぐためです。興味がある方はご自分で調べて下さい。
専門家に相談の上で冷静な対応を。対象者の近親者(両親、家族、恋人など)の熱心な協力なくしては脱出は不可能です。
脱出後の社会復帰、環境整備にもご家族や友人、パートナーである恋人やご夫婦の絆が重要です。総合的な判断、冷静な対応を関わる方々は忘れないでください。
※この文章は1998年頃に初稿を載せました。元々は私がファンだった(今も彼の歌は好きですが)歌手やお相撲さんが、おかしな団体や個人に取り込まれたとのマスコミ報道(真実かどうかはわかりませんが)を受けて、私なりに周囲に警告を行おうと考えて書かれた文章です。
少し以前の改定から固有名詞は除きました。その方や周囲のご迷惑になることを心配したからです。同じような悩みを抱える方の、少しでも参考になれば幸いです。
1998年09月初稿
2000年05月01日改訂
2006年01月25日修正、加筆
谷口信行



