私の正体
2006/12/11改訂
1997/03/00初稿

谷口信行 別名、Nobee谷口
プロフィール
昭和41年生まれ
身長182cm 体重85キロ
趣味、空手、合気道他
※通信販売法に基づく公開です。
登記簿の住所(会社所在地)
オフィス トゥルー有限会社
●所在地
〒530-0001
大阪市北区梅田1丁目11番4-1100号
(大阪駅前第4ビル11階10号室)
●専用FAX
TEL.06-4799-9186
最近、私の写真がWEBに無いとマスコミ関係者に言われますので一枚だけ(笑)。
自己紹介
元々の仕事は、セールスや接客が主体でした。元々、子供の頃から勘は鋭いほうでセールスや営業においても相手の反応を読む作業が多く、感情を読み取ることに長けていました。
そういった仕事にかかわる傍ら、人間の心理の勉強と催眠誘導の練習を重ね、現在は独立、兄と有限会社オフィス トゥルーを設立(1996年登記 現在は大阪市梅田に移転しました)。
番組出演、雑誌への取材協力、ドラマ等の催眠シーン指導多数。過去の経験を活かし、企業向けに販売実績を上げるための方法や、得意先、顧客への接し方、催眠誘導の実演や指導、講演やカウンセリングにあたっています。
他にも障害者の方の在宅支援などを考え、商品開発などもやっています。関西では最大手にあたるNPOにも所属、兄は講師も行います。
商品開発には何年もかかりましたが、このほど、その一部が商品化に成功し、正式に販路にのりました。
※2003年11月20日の日本経済新聞37面に、関わっている会社の紹介記事が掲載されました。段ボールの椅子ですが、元々は私の出したアイディアです。他にもインクジェット用紙の中芯をモールド(溶かした再生紙)で作ったものが商品として販路にのっています。
関わっている団体、施設との絡みがありますので、なかなか思うに任せない部分もあります。特に手足の不自由な方の場合、こちらの都合で強引に生産を急がせることはできません。
利益や効率だけ求めて全てを機械化してしまえば、当初の目的を見失います。
ですから、結果として伸び伸びになってしまっている企画、時間のかかっている商品もありますが、決して諦めることなくじっくりと取り組みます。
催眠は主役ではない
最近、私のホームページにそういった活動の部分を載せなくなったのは、執拗な物まねサイトをやっている連中がNPOなどの活動をやっていると書けば「自分の信憑性があがる」と考えて自分を代表だ、理事だ役員だなどと煽るようになったからです。
本当はアダルトサイトや風俗店を経営していたり運営してきた連中ですよ。催眠に興味があって以前からネットを覗いてきた人には事情とか状況をご存知の方も多いでしょう。過去にもおかしな連中とリンクを結んで練習会とかオフ会とかを繰り返してきた連中です。
よくよくご注意ください。正直、私はああいった連中に辟易しています。
確かに私は今も活動はやってますよ。映像の仕事でも自治体への納入実績はある。兄も無償で講師に立っています。が、それを彼らのように見え透いた宣伝とか自を信用させる道具には使っていない。そんなことをしなくても「私たちには」依頼も仕事も十分あるから。
よく勘違いされますが、私は「催眠術だけ」やってるつもりは毛頭ないですよ(笑)。
ウチのホームページには催眠の話しか載ってない、というのではありません。他にも沢山の情報が載せてあります。むしろ催眠ネタのほうが圧倒的に少ない。タイトルに偽りアリです。
「催眠術、催眠術」「私は催眠術ができるんです。凄いでしょ?」なんてページのいったい、何を読みますか?自慢話も自画自賛にもたいていの人は興味がないでしょう。
一般の人は「商品」の「技術」や使い方、広い意味では社会での応用方法、利用方法については興味がありますが、ホームぺージに書かれている内容が、商品を売りつけるためのただの押し付けや自慢に感じられるなら見る人はいなくなります。
私のホームページに催眠とは関係ない話が並ぶのはそういった意図を持って作られたホームページではないからです。
「催眠で前世さえ引き出せば、全てが解決する」などと自慢する男や、そう煽るホームページを見るたびに、「この人は催眠(というより人生で)でいったい、何を学んだんだろう?」と情けなくなります。
一度、そういった連中のご家族や友人にお会いしてみたいモンです(笑)。聖人君子のように悟りを開いててゆとりのある素晴らしい暮らしをしているのでしょうね。私のように何かに悩んだり苦しんだり、誰かとの板挟みになったりしないんでしょうね。悠々と暮らしていると思いますよ。
誤解が多いですが、心理学を学ぶ事は人間の持つ言葉への反応を学ぶことであり、人と深く関わることなんですよ。その応用、知識の理解や造詣(ぞうけい)にこそ深い意味はあります。どんな技術でも同じですが、ほんの一部分だけを抜粋してわかったつもりになるのはナンセンスです。
誰かを捕まえて「催眠をかけてやる!」とか「催眠にさえかかれば、全部が解決する」などと煽るのは、私の本意ではありません。確かに催眠は正しく学んで応用すれば様々なことができます。不思議な部分や素晴らしい部分も含みますが、だからといって全てを催眠で片づけてしまおうというのは暴論ですよ(笑)。
人生において、催眠(カウンセリングも含む)はあくまで補助的なものです。決して主役ではない。悩む人の補助とか助けになることはあっても、催眠が主役に取って代われる訳ではない。まして、インチキ教祖が全ての悩み事を肩代わりしてくれる訳ではないでしょう。
むしろ、そういった連中をあてにすれば借金背負わされて逃げられるだけです。
そういった例も、私は過去には何度も見てきました。
販売や接客業のほうが好きでしたね(笑)
私は色々な仕事に携わった経験があります。むしろ販売や接客の仕事のほうが好きでしたね(笑)。お客さんとの駆け引き、高額な商品がスッパーンと売れた時の快感は、その仕事に携わる人しか理解できないと思う。
そういった仕事の面白さは人との触れ合いであり、生の感情です。当時、私の勧める商品を買ってくださった顧客の皆さんには今も感謝しています。
いい商品を自分の足で探してきて相手に売る。するとその商品がいい商品だったり、相手が欲しがる商品だったりすると、なぜか「お金を受け取っている側」が感謝までされる。これは私にとって驚きでした。
そりゃ、自信のある商品です。でも価格には「売る側の」利益ものっている。その利益を私にくださる「お客様」に商品を買ってもらった上に感謝までされて、「また次にいい商品が入ったら教えてね」と言われることがありました。
「そうか、商売っていうのは相手の満足度なんだ」と思った。これは驚きでした。
相手が満足する商品を、自分で仕入れるか作るかできれば、誰も傷つく事がない。自分が利益を得た上に感謝までされる。そう思えばやはり力も入ります(笑)。
詐欺商法や強引な商売やってる者、商品を値引きするだけで右から左に流しているだけのような連中には決してわからないことでしょうが・・・・・。自分の作った商品(作品でも可)や、自分が苦労して探した商品が顧客に受け入れられた瞬間。お客さんの喜ぶ顔をみた時には猛烈な喜びに変わります。
たぶんね、私は「モノ」を売ってるのではない。
自分の目利きとか自分の感覚、自分の仕入れのセンスや販売の手法、努力も含めて販売している。それを認められるということは「自分を認められる」ことです。
先見性や特殊性、いわゆる「他とは違う才能」を評価して欲しかったんでしょうね(笑)。そこにはもちろん、このホームページも含みます。
ネットやホームページが今のように発達していない時代、慣れないパソコンで指一本でコツコツと文章を綴り、ソフトの解説本を片手にホームページを立ち上げました。今のように無料でブログを簡単に立ち上げれた時代ではありませんし、プロバイダ契約は全て有料です。電話回線は遅いスピードのアナログでしたしね。
その拙い文章、初期の頃のホームページを読んだ方々が面談を申し入れてくださり「会いたい」と言ってくれることの嬉しさ、苦労して書き上げたテキスト、高いお金を支払って購入した映像機材、編集を一から学んで作ったビデオを買ってくださる人が出た時の感動は、自分で経験したものでないとわからないと思いますよ。
開業当初、色々な予測を立てました。
とりあえずヒット数100件辺り、1アイテムまたは1依頼(笑)。今考えてみれば無謀ですが、これが結構、良い線での予想数字でした。
※10年間の総合ヒット数は約200万です。
心理学や催眠を学んだきっかけ
社会は結局は人間関係で成り立っています。どんなにコンピューターや便利な道具、素晴らしい技術が発展しようとも、お互いが人間である限り、相手の反応や気持ち、心理を読む方法、技術が役に立たない筈がありません。
そこが私がこのようなサイト、心理学や催眠をメインに置いたコンテンツを立ち上げた理由でもあります。
複数の人間が集まれば、そこには様々な思惑が絡むのです。そのそれぞれに様々な思惑や立場、異なる環境、その人の背負っている思いや願いが集まります。
人は人の中で生活しています。大勢の中でしか暮らせません。山や森に独りで暮らすことは不可能に近いのです。どんなに他人を嫌い寄せ付けないようにしようと思っても、社会においてはどこかで他人との接点ができてしまいます。
親もなく生まれてくる子供はいません。人との繋がり、出会いと別れ、誰かとの関わりは生まれた瞬間から芽生えるのです。
ですから、どんなにツールが発達しようとも、需要の無くなることのない技術として、私は心理学やマーケティング、催眠「誘導」を捉えました。
群集心理を捉えたり、顧客や一般人の方向性を読むことが今後の社会においても重要になると思った。ですから、そういった部分について詳しい解説をホームページに綴れば興味を持つ人も増えるだろうと思ったのです。
当時(1997年)は個人のホームページも少なかったですからね(笑)。
それともう一つ。私は「人(他人)の心を知る」事は、自分を知ろうと勤めることと同じではないか?と考えます。
他人を「観る」ことで自分の中にある様々な部分も自覚できます。誰かとと自分を比較することで、自分自身の弱さや誤り、ごう慢さを正し、自らを磨くことにもつながると考えています。
(これは著書でも書きましたが)私が最初に催眠や心理学、「人間の心」に興味を持ったのは中学校の頃です。
家庭で両親が不仲だったこともありますが、他人の気持ちや自分の気持ち、周囲の立場(主に両親)や環境を理解したくて様々な文献や本を読み漁りました。
その後、しばらくはそういったモノ(心理学や催眠)とは何の関わりもないままに過ごしていましたが、昔付き合った女性の精神的なトラブルを解消しようと、心理学の知識などを漁るうちに催眠誘導を学び、深入りするようになりました。
この辺りは私の著作「催眠術師のひとりごと」(※諸事情で絶版にしてあります)で詳しく触れています。
テレビに出るようになった理由
一番最初に番組に出ることになったのは、東京の某深夜番組のADが、ウチのホームページのワンコーナーをみて「同じ事を番組でやってください!」と依頼してきた事でした。
予算は無い、という(笑)。交通費すら出ない、出演料も出ない、求めている内容は難しく容易に出来そうな内容ではない。なのに、「すぐ来てくれ」おまけに「ただのオーディションだ」と言う。正直、「テレビ番組の関係者っつーのは、なんて傲慢なんだ!」と思いましたよ。
まあ、それでも交渉して交通費は確保しましたけどね(笑)。当時は開業して時間が浅かったので、依頼も少なかった。番組やテレビ局の内部には興味があったし、ネットを通じて知り合った人が東京にも多数いました。
交通費だけ出るなら東京に向かうだけの価値があったのです。
大阪市内(心斎橋)に事務所があったのですが、それを畳んで出張に切り替えてしました。維持費が払えなくなり商だったから。自宅にいる時はホームページを更新しているだけでメールは転送にしてパッドで受け取っていました。殆ど家にはおらず留守状態。
独身でしたしね。だから出張もへっちゃらだったんですよ。
行ってみれば面白かった(笑)。通り掛かりの人に催眠をかけてくれ、失敗したらそのままその光景を流すと事前にD(ディレクター)に脅されましたが、当時、怖いモンなんて無い。そもそも、当時の私には失うものが何もありませんでしたから。
幸いなことにその番組、関西では放送枠がなかった。ですから失敗した所でなーんにも問題がない。おまけに他の先生が断った後でしたから、失敗した所で五十歩百歩です。
技術的には自信がありましたが、実証した事が無い。ならば試すのも一興でしょう。
で、ノコノコと出かけて行った訳ですな。この話を(このホームページ上で)ここまでぶっちゃけるのは初めてですが(笑)。
私があちこちのテレビ番組や取材に応じ、出るようになったのは「はずみ」です(笑)。
結局、色々なタイミングが重なったんですよ。若かったですし、勇気も度胸もあった。誰もやった事のない手法を試してみたくてウズウズしていましたから、失敗することの恐れよりもそっちの好奇心が押さえ切れなかった。
番組に出て有名になろうとか、宣伝に用いようと考える連中はいっぱいいるでしょうけどね。私の場合は正反対なんですよ。むしろ自分の中の知識的欲求、好奇心や探求心、自分の技術や知識を「試してみたい」という感情が、出演へと向かわせたのです。
ホームページを持った当初にはよく批判メールというかご意見メールが届いた。某催眠術師の本を何冊か読んだ人でしょうね(笑)。私の解説した部分が「間違っている!」「テレビに出ている著名な○○先生はそう言ってない!」というような、中傷?というか批判というかご意見がしょっちゅう届いたものです。
私としては習得した技術にそれなりの誇りと自負を持っていました。武者修行のような感覚で大阪ミナミの繁華街や北新地の店、大金持ちのスポンサー(当時)に連れられて繰り出しては、騒がしい店で疑いの目でみられながら次々に誘導に成功していましたから(笑)。
当然、「絶対に私ならできる!」という自負があった。事実成功していましたし。
当時、番組に出ていた他の「催眠術師の大先生」とか「催眠誘導の第一人者」とやらは私以後、一度もそのような誘導に成功していません。
初期の頃に私が番組に出たのは自分の技術とか知識を、どこかで実証したかった部分もあります。
今になって冷静に出演内容を振り返ってみれば無茶苦茶ですが(笑)。
特殊な手順はやっぱり見せられん(笑)
「催眠」というもの自体が、誤解を受け易い技術です。番組やその関係者から「面白い内容を」といわれても限界があるでしょう。だからほどほどと言うか、時々程度でいいように思う。
色々やってて思ったのは「きりがないな」です。
困った事にね、同じ番組で撮影やってても別のチームだと影で悪口言ってたりする。見たスタッフが現状を説明しても納得しないんですよ(笑)。これには参りました。
金太郎飴というか、どこを切っても同じというか、いい歳をしたおじさんから子供までが「実証してみせろ!」というので少々疲れました。若い頃というか肩に力が入ってる時は「片っ端からかけてやろう!」と思っているので、どんな無理難題を言われても全部を嬉々として受けていた時期もあります。
イベント関係者や番組の関係者でも、直接目の前でみない限り信用しませんし、見たら見たで怖がって近寄ろうとしなくなる。かかれば怖がるし特殊な方法を用いれば「自分達で」悪用しようだとか転用しよう、盗もうとする人達もいました。
どないせぇっちゅうんじゃ!と腹立ったこともある。
どんなに催眠をかけたい時でも、特殊な方法はみせられない。彼らを信用できなかったから(笑)。今だからぶっちゃけますが、私が番組出演で本気になったのは、渋谷の路上と東幹久氏に催眠をかけた時だけです。
帯で長くやってれば信頼関係もできる。単発では無理でしょう。初期の頃、何が何でも成功させたい時は無理もしましたがその後はそれほど熱心ではなーい。
体調不良でしばらく休んでいたこともあって、肩から力が抜けるというか少し覚めた目でみられるようになった。
ああいった現場の雰囲気って一種異様です。スケジュールは次の撮影時には決まっていて次から次にやってきます。私としてはやはり出ている限りは頑張ろうとしますし、無理を重ねるうちに加減ができなくなりますし、スタッフや局はインパクトのある映像を撮ろうとばかりする。
被験者に危険なことはやりたくない。しかし周囲に色々と求められれば徐々に感覚がマヒしてくるんですよ。浮気を暴きたいだとか高圧的な要求も増えた。女子供相手に無茶な誘導をやれば世間の評価は悪くなり(催眠に関する)誤解や錯覚が増すばかりです。
事務所には一時期、相当に大きな番組から出演依頼が入っていました(笑)。それをみて事務所の女の子が舞い上がっているのは面白かったですが、(私個人としては)ワーワー騒がれる割には(番組出演等は)実入りも少ないのであまり嬉しくありません。
むしろ、あまり騒がれないように「顔隠して」なら参加したいですが.....。技術の進歩とか手順を確認したい時もあります。
若さに任せて(笑)
あと、参加してみると意外な副産物がありました。苦労していた被験者集めやデータ収拾が一瞬でできるんですよ(笑)。番組だというだけで数十人から数百人が簡単に集まります。
深夜番組に始めて参加した時はADと一緒に渋谷の街頭に出て被験者集めをやりました。寒い時期にADと一緒になって「すみません!ちょっとだけお時間戴けますか?」といっては立ち止まってもらって次々に被験テスト(笑)。
相当数やりました。が、徐々に内容が歪んできて勝手な「お願い」と称する無理難題が増えたのでその時は私から降りました。
無駄な労力のようですが私からすればあれが私の財産です。
自分の所有するデータ量が飛躍的に増えたから。当然ですが、過去の被験者のデーターは全て保存してファイリングしてあります。年齢、性別や職業、嗜好、持ち物や癖、服装、髪形や話し方などとまとめてあります。
だから「アンケートやファイルは私が取りまとめて」帰ったんですよ(笑)。そのデーターがその後の私の催眠誘導の手順、方法、勉強の柱となります。
講演会などをやれば百人程度は集まるでしょう。ただし年齢とか職種は極端に偏ります。広く浅く、様々な情報が集められるのはネットか番組くらいしかないんですね。初期の頃のネットは素晴らしかった。様々な職種、年齢性別を問わず色々な出会いや別れがあったので。
それも今となっては懐かしい限りです。いい勉強だった。
番組出演を決めたのは、当時の「催眠術の大先生」連中と張り合う意識もあったんですよ。
自らの経験、知識によって得た技術に対する誇りが、そういった人達とは異なる技術体系を番組において「現実に証明してみせよう!」との感情、意地を生んだのです。
若かったのだ(笑)。
元々、好きで関わってきました
ここ数年でずいぶん風向きが変わりましたね。こと、催眠においてはこのホームページが果たした役割は大きかった、と思います。
前世催眠とか怪しげな内容はかなり減っていると思います。少なくともマスコミが大々的に取り上げる事はなくなりました。
時折、テレビ番組に出てくる催眠の先生(と自称してる連中)が、相も変わらずウチの物まね繰り返してるのには笑いますが(笑)。最近はスピルチィアル(?)カウンセラーなどという詐欺まがいの連中も増えた。
知識とか技術の裏打ちがないから、すぐにオカルトとか霊現象に逃げるのです。そっちに振れば解明とか実証のしようがないから(笑)。
これはホームページでも何度も書いてきましたが、催眠が現象、治療として「ある」ということがわかれば、社会状況は異なってきます。常識として社会に浸透してしまえば、変に崇めたり詐欺まがいの行為を行う連中も少なくなる。
日本において、催眠は今だにオカルトや占い、心霊現象などと一緒にされがちになっており「催眠なんて嘘だ!」とか「俺は絶対かからないから大丈夫!」などという人もまだまだ多いんですよ。現実にカルト宗教に取り込まれたり騙されたりする人が数多くいるのに、です。
心理学の手法の一部を歪めて利用して他人を騙したり、取り込むことに用いている連中も多いのです。危険を理解させるためにも知識や技術の紹介は行ったほうがいいと思っています。
(催眠に関しては)誰かが目の前で実演しないと信じない人も多いんです。ですから私は馬鹿にされたり、偏見を持つ人が多いことも承知の上で、時折番組に出たり、あちこちに出かけていって実演し実証してきました。
私が医者や医療関係者、学校関連に指導に行くことに熱心なのは、それが結果として多くの人の手助けになるのではないか? と期待するからです。
医者や学校の先生の中にもいいかげんな人もいないとはいいませんけどね。
私個人の力などたかが知れています。私の知り得た技術や知識を誰かに受け継いでもらうことで、多少は私が社会の役にも立つのではないか?と考えて、そのようにしてきました。
また私は元々、子供の頃に初代の引田天功さんの行う催眠術に魅せられた一人です。これは著書やテキストにも掻きましたが、子供の頃にみた番組のインパクトが凄かったのです。
私は医者ではありません。催眠の技術を磨いたのは医療施設とか学校がスタートではなく、実演を行いにいった店とかショーから学んでその後、相談者にフィードバックしたものも多い。
ですからエンターティナーとしての催眠にも興味があり、嫌いではありません。
大勢の前で失敗の許されない状況の中、催眠の実演を行ったきたのは、やはり好きだったからでしょう。テレビ番組などの要請に応えるようになった背景には、私のそういった心情も影響していると思います。
催眠は持って生まれた才能?
催眠を霊感とか「特殊な才能だ!」と捉えたり、気功と混ぜる人が多いですが、私は一緒には考えていません。勉強すれば誰でもできると信じます。
でなければ私自身がテキストを出したりしないでしょう。
まあ、未だに催眠を「特殊な才能がある一部の人にしかできない」などと煽る人が多いのは事実ですけどね。彼らは、そうしないと依頼を集められないからです。気功とか前世とか、おかしなものと混ぜるのは、そうしないと差別化できないから(笑)。
要するにご本人達にスキルが足りないんでしょう。
前世で何もかもが決まるのなら、現世において人は努力しなくなってしまう。前世で多くのことが決まってしまうなら、人は何の為に生まれ変わったのですか?
そんなくだらない話はない。
病院でも催眠療法をカウンセリングに取り入れる所が出て来ています。なのにそこが「前世に遡ってみます」などと言い出したら頭がおかしいと思われますよ(笑)。前世がどうこうなんて、宗教団体にでも任せとけばいいんです。
そういったくだらない煽りをやる連中はどんな肩書きも利用し、どんな嘘でもついて自身の信ぴょう性を増そうとするのでしょう。
私はそのような行為を推奨しませんし、自身のホームページでも一度も行ったことがありません。嫌いなんですよ。
催眠に関しては別に才能なんかじゃありませんよ。強いてあげるなら、正しく学べば誰にだってできます。
確かに一部は才能というか努力や勘、反射神経の鋭さや表情を読む能力にに左右される部分はあるかも知れませんが、努力すれば不可能だとは思いません。
※「これについてはそのうち、どこかで皆さんにもわかるように実証するつもりです」と2000年の4月の時点でこのコーナーで書きました。で、その後、TBS系列の「学校へ行こう!」に出て出演者に指導していました。現在はコーナー終了です。
別に教えるのはタレントとか番組関係者、医療関係者でなくても構いません。真剣に(催眠誘導を)学ぶ意思を持っている方には指導しています。テキストセットの購入者には練習会も行っています。
いかがわしい感覚を持ち込んだり、安易に催眠でお金儲けをしようとか、「私もすぐに催眠の先生になって威張ろう!」などと勘違いする連中は勘弁して下さい。
いかがわしい感覚、誤った認識からのスタートでなければ歓迎しますよ。
ちょっと配慮しています
最近は載せていませんが、初期の頃はホームページに何度も実際に起きている犯罪の犯人像や背景などの予測を載せてその殆どを適中させて驚かれました。
そういった内容を載せた当初は「絶対にそんな訳あるか!」といわれ、嫌がらせを受けたり、中傷めいたメールが届くことも多かった。
こっちも懐かしいですね。あまりにはっきりと私が全てを載せ、断言するので反感も買ったのでしょう(笑)。年齢、性別、家庭環境、通院歴まで推理して載せてましたので。
結果は私の予測の範囲に収まったのです。途端にそういったたぐいの嫌がらせは減り、崇める(あがめる)ようなリンクを張ってくれた人もいます。
最近、そういった部分を載せないのはネットの社会に対する影響力が上がったからです。当たる当たらないの問題ではなく、ヒット数や話題欲しさに興味本位で見え透いた自作自演を繰り返す輩も増えた。
奈良の小学生殺傷事件の折りには被害者のお母さんを犯人扱いするような屑サイト、掲示板への心無い書き込みも多数ありました。
私はそれを覗いてとても嫌な気分になった。奈良には知人が何人もいたので、多少は情報も流れてくる。事実とまったく違うただの中傷です。それを載せて自分のヒット数を増やそうとするサイトに辟易しました。
犯罪に巻き込まれた方にそれ以上の苦しみを与えることは私の本位ではありません。前にやった犯罪予想にしても、犯人に対する憤りで書き綴っただけでそれをこのサイトの売りにするつもりは最初からないのです。
※過去の予測については初期の頃からの読者だけが知っておいて下さい。
社会(ネットも含め)には時折、周囲への配慮もなく身勝手な噂を垂れ流しにしたあげく、謝罪すらしない。一方的な意見で相手を批評したり中傷して自分の責任を負わない人もいるようですけどね。
私はそれに反対です。特に匿名でネット上(HPや掲示板も含む)、それも集団で個人を中傷するような人は大嫌いなんですよ。それでは社会に決して受け入れられません。
私は初期の頃から実名でやっています。自分の書く内容に自信があって、責任を負う勇気があるなら実名で行うべきです。
私は自分の記述に誤りがあった場合には正します。
私は過去の記事や記載も何度も見返して修正しています。
私のホームページに載せられている記事にはすべて日付と修正記録が入っています。Googleのキャッシュなどでも読めますから私の記載に嘘が無いことはわかるでしょう。後付けでやったものを「当たった!」などと振る舞うような真似はしていません。
ま、元々は物まねサイトを牽制する為に行うようになった事だったんですが.....。念のために文末に付けていた修正記述を文頭(右側)に移動させました。
罪も無い被害者を加害者扱いしたり、それに対して謝罪もしない連中とは違いますので勘違いしないように。
大切なのは中身
現時点での私のホームページの平均ヒット数は一日、400から800ヒット程度ですかね?
2006年の12月に新しいserverに移動しました。気になって久しぶりにサーバー側のアクセスログを調べたら、もうちょっと人数はいるようです。ユニークユーザー(重複を省いた実数)で平均で一日の訪問者数は500人前後。ヒット数だけなら一日に18000ビューも平均がありました。
月に1万2千から2万人のヒット程度だと思います。相互リンクとかブログとかまったく無しで単体でこの数字。小規模なショッピングモール並みの数だそうで(笑)。個人がやってるホームページとしてはかなり高いかもしれません。
番組関連のスポンサーやマスコミ関係者もよく来てくれますし、タレントさんにもファンがいるそうです。知人を通じて教えて戴きました。
企業のログも多い。何かの放送とか何かのきっかけがあって、極端にアクセスの多い時には一日に一万人が来るようになりました。個人でコツコツと綴っており、写真もない(2006年12月から動画と写真を貼り始めました)テキストデータだけのページとしては異例の数字でしょう。
しばらく更新してなかったのに、なぜかヒット数が下がりません(笑)。学校(大学関係者)のログが多いのも特徴ですね。
不思議な話ですね。ウチは老舗といえば老舗ですが、今は催眠のサイトなど今は沢山あると思うのですが?
ホームページは自己表現の場所ですから、何でも自由にやっていい反面、だからといって独りよがりすぎる内容を載せればかえって人は近寄りません。
「ヒットしさえすればいい」とか、「面白ければ何でもいい」と思い込む人もいますが、あまりにも興味本位で悪意があったり、変な思い込みで作られたホームページは誰もみないでしょう。みていて気分が悪いですから。
先に述べた犯罪被害者の悪口を書いてるなんて典型です。本人が「これでいいだろう」と考えて懸命に煽ろうと考えれば考えるほど、大多数の人は遠のくでしょう。
大切なのは中身だと思います。ヒットしているホームページ(ブログも含む)は情熱を持って取り組んでいる所、他とは異なる視点を持つ所、粘り強く何かに取り組んでいたり懸命にやっている所だと思いますよ。
多少は拙くてもいいんです。それでも懸命に書いたり綴っている所は伝わる。
私が10年前(1997年)に「指一本で」コツコツとホームページを綴った時と同じでしょう。等身大の自分で自分の身の回りにあったことや、感じたこと、経験や知識や技術を綴るならきっと見にきてくれる人は増えると思います。
中傷やゴシップ、それらしい宣伝や興味本位の文章なら週刊誌やスポーツ誌で十分間に合うでしょう。私は何の制約も受けないホームページで、わざわざそういった行為を行おうとは思わない。
デマやゴシップに惑わされ、自分が嫌な奴になると思うから。
自分が納得できる内容、共感できるスタイルで綴ってある所だけ、見に行きますし遊びに行きます。皆さんもそのほうが気持ちいいと思いませんか?
私の所の運営も常にそうあるつもりです。
自らで切り開く風景
何の知名度も背景や力、金もなくただホームページを持っていたに過ぎない私がプロとして施術を行い、生活を支えることができたのは、それらを初期の頃から「面白い」と感じ、支持して下さった根強い(マニアックな?)ファンの支えがあってこそです。
知名度が増したりどこかに出るようになった分だけ、確かに制約もあります。
物まねとか嫌がらせも相次いだので、書きたくても書けないことも増えた。それがもどかしくもあり、腹立だしいこともあります。
最近は生活のために他に仕事も抱えていますので初期の頃とは微妙に内容は異なるかも知れませんが、それでも私は他のホームページとは違った内容を目指します。
これからは新しく勉強した知識、導入した技術(動画や音響効果等)も用い、色々な実験にも取り組んでみましょう。
最初にこのホームページを立ち上げた時も手探り状態でした。誰も教えてくれる人はいなくて何をやるにも自分の技術とか知識、「勘」が頼り。先駆者はおらず、むしろ反感を買ったり中傷されること多数。
そのせいもあって、ホームページがヒットし始めてからは物まねや嫌がらせも多かったですしね。私はその中で自分なりのスタイルでここまでを歩いてきました。
ブロードバンドを通じて、ネットには今、また新しい時代がやってこようとしていますが、私には幸いなことにそれと向き合うだけの技術、知識、設備があります。
物まねとか盗用で無かった分だけ、これまでに勉強してきた多くを活かすことができるでしょう。それはやはり嬉しい。
色々勉強しておいて良かった、と思います(笑)。散々、苦労しましたが.....。誰かを当てにしたり、誰かさんのように物まねばかりやっていたら時代に間に合わなかったと思う。
初期の頃から四苦八苦しながらでも諦めず、多額の資金と時間を費やしたからこそみえる未来予想図もあるんですよ。
苦痛に耐え、自力で道を切り開いた者のみに見える風景があります。
誰かに甘え、誰かの悪口を言い、誰かから盗むだけの男には見えないものもある。
安易な物まねや盗用はその人の本来の能力、未来を奪うんですよ。彼らには常に「誰かの後ろ姿」しかみえません。
他人を羨み、嫉み、悪口を言い卑怯な行為ばかりを繰り返します。そういった行為が結局は「夢」や「未来予想図」家族や仲間の信頼ごと失うのです。
私はたぶん、他の人とは異なる風景を見ています。
私のホームページを見て(読んで)何かを受け取り、著書やテキストを買う人、面談を申し込む人は、私の見ている風景の一部をその中から感じとっている人達でしょう。
できることなら、そう言った部分を「ヒント」に盗用したり物まねするのではなく、自分の経験とか技術、背景に活かして何かを育んでください。
催眠や心理学を学ぶ全ての人に
私が「催眠」という技術を自らの仕事として捉え、一生を捧げるかどうかなどわかりませんよ(笑)。ただ、確かにここまでは好きで関わってきた技術であり、こだわってきた部分があることは間違いありません。
ですから、何の仕事に精出そうともこれまでの一切を捨ててしまったり、まったく関わりがなくなることはないと思います。
私の見ている風景は、後からこっそり道を辿る(たどる)者とは異なります。もし催眠や心理学、マーケティングに興味があり、手がける人が本当の技術者なら、他人をあてにしたり盗むのではなく自らの能力で知識と技術(テクニック)を磨きましょうね。
そのために私のホームページやテキストや著書、動画などを勉強しよう、参考にしようという人は歓迎します。
今、この瞬間に自らで切り開く能力がない人は、誰かについて学ぶのも一つの方法でしょう。
素直さがある人なら、多少遠回りになっても必ず自らの道に辿り着くでしょう。本人の取り組む意思、頑張る姿勢こそが、道を切り開く最強の才能でありツール(道具)です(笑)。
これはどんな世界においても同じだと思います。
催眠や人の心の動き、詞(ことば、言葉)の持つ威力、暗示というものの意味について、私しか知らない情報、知識、技術があるのは、それが私が現実の痛みや苦しみや偏見に耐え、どこかで歩き実証してきた道筋そのものだからです。
経験は「売る」ものではありません。また、「買う」ものでもないでしょう。経験とは、学ぶ意志がある人がお互いに触れ合う瞬間に、「自然に増えてゆく」ものです。
できることならば、その道行きの過程で共に切磋琢磨できる方々に、このコーナーを贈ります。
頑張って更新しますので、また遊びにきてください。
2006年12月11日改定
谷口信行より



